X線(レントゲン線)は1895年ドイツのレントゲンによって発見されたが、その正体は10年以上も不明であった。しかし、物質を透過して写真にその影を写す性質は発見当初から骨折などの治療に利用されていた。X線は波長の短い電磁波(1オングストローム=0.1ナノメートル程度)であろうという推定はされていたが、これを実証したのはドイツのラウエである。彼はX線が波であれば回折するであろうと考えた。また、結晶は原子が数オングストローム程度の間隔で規則的に配列しているとのモデルが提案されていたので、1912年、結晶を回折格子として利用し、X線による回折像の撮影に成功した。以後、X線回折は物質構造、とくに結晶構造解明の重要な研究手段になった。同様の結晶による回折現象は電子線や中性子線によっても観測される。X線回折を観察するには次のような方法がある。
(1)ラウエ法 単結晶に連続波長分布のX線(連続X線)を当て、結晶の前あるいは後ろに置かれた写真フィルム上に多くのラウエ斑点(はんてん)からなるラウエ写真を撮影する。
(2)回転結晶法 ある結晶軸の周りに小結晶を回転させながら、これに単色X線を当て、写真フィルムの上に一挙に多くのブラッグ反射を記録する方法。
(3)X線回折計(X線ディフラクトメーター)による方法 X線回折計は、それぞれの格子面からブラッグ反射がおこるように結晶の方位を調整し、かつそのブラッグ反射が測定できるような方位に計数管をもっていって反射強度を測定する、という一連の操作を自動的に遂行できるように複数の回転軸をもつ測定装置。結晶構造の精密な研究には、多くの場合これを利用する。通常は単色X線を単結晶に当て測定する。
(4)デバイ‐シェラー法(粉末結晶法という) 粉末試料や多結晶質の物質に適用する方法で、単色X線を用いて試料からのデバイ‐シェラー環に相当する回折X線を写真法あるいはX線回折計によって記録する。
[石田興太郎]
『加藤誠軌著『X線回折分析』(1990・内田老鶴圃)』▽『加藤範夫著『X線回折と構造評価』(1995・朝倉書店)』▽『早稲田嘉夫・松原英一郎著、堂山昌男他監修『X線構造解析――原子の配列を決める』(1998・内田老鶴圃)』▽『B. D. Cullity著、松村源太郎訳『X線回折要論』新版(1999・アグネ承風社)』
物質にX線が入射したとき,入射X線の方向とは違ったいくつかの特定の方向に強いX線が進む現象。一般に,波が障害物に衝突するとき,粒子の衝突とは違って障害物の陰の部分にも波が回り込む。これが波の回折である。X線は電波や光と同じく電磁気的な波であり,物質に衝突するときやはり回折が生ずる。原子がある規則に従って配列した集合体,すなわち物質にX線を入射すると,それぞれの原子からの散乱波が互いに干渉しあい,特定の方向にだけ強い回折波(回折X線)が進行する。これがX線回折現象である。回折X線の強さと進行方向とは,物質を構成する原子の種類と配列のようすで決まる。このことを利用して,回折X線を調べることにより,物質のミクロな構造を知ることができる。物質のミクロな構造に関する知識は,物質の諸性質を理解するための基本的な情報の一つである。例えば,同じ炭素原子から成るダイヤモンドと黒鉛がまったく違った性質を示すことは,その原子配列の相違を考慮することによって初めて理解することができる。スリットによるX線の回折は1903年に観測されたが,より一般的な結晶によるX線回折は,12年M.ラウエの予測に基づいて行われた実験によって発見され,その後ブラッグ父子(W.H. ブラッグ,W.L. ブラッグ),P.デバイらによって理解が深められた。現在ではX線回折は,固体化学,物性物理学,生物学,宇宙地球科学などのほか,物質を対象とする研究や半導体工業,金属工業などの産業において,物質構造の解析,物質同定,結晶粒の大きさの測定などに広く利用されている。
→結晶構造
図のように,2個の同種の原子の配列にX線が入射すると,それぞれの原子はその回りに散乱波を生ずる。図のa,a′,a″の方向には2個の原子からの散乱波の波の山と山,谷と谷が重なりあうから,干渉によって波は強めあい回折波が生ずる。一方,b,b′の方向では山と谷が重なりあい,互いに打ち消しあうから波は消える。つまり,X線の進行距離の差が波長の整数倍になる方向で強めあい,他の方向,例えば(整数+1/2)倍になる方向では弱めあう。現実の物質は,非常に多数の原子の集合体だから,そのことを考慮すると,a,a′,a″などの方向にだけ回折X線が現れることを示すことができる。また,物質は原子の三次元配列から成るので,実際には上記の考察を三次元に拡張して扱うことはいうまでもない。原子の配列のようすと回折X線の現れる方向との関係を与える条件式は,ブラッグ条件あるいはラウエ条件と呼ばれる。
執筆者:鹿児島 誠一
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狭義には,結晶によるX線のブラッグ反射,広義には,結晶によるX線の散漫散乱や小角散乱に加えて気体,液体,非晶質の散乱を含む.X線は波長の短い電磁波であるため,結晶により回折現象を示す.長波長X線は回折格子によっても回折される.1912年,M.T.F. Laue(ラウエ)は,X線が電磁波であるならば,原子が規則正しく配列している結晶はX線の波長に対し適当な三次元回折格子となりうることを指摘したが,W. FriedlichとP. Knippingが硫酸銅,続いてせん亜鉛鉱について,ラウエはん点といわれる鋭い多数のはん点からなるX線回折写真を得るのに成功し,ラウエの説を証明した.結晶によるX線回折の幾何学的条件はラウエ条件,またはこれと等価なブラッグ条件で表される.また,逆格子により系統的な解釈ができ,回折強度は結晶内の電子密度分布(原子の種類や配列によって決まる)に依存する構造因子に比例するので,結晶のブラベ格子,空間群の諸概念と組み合わせて回折現象から結晶構造を知ることができる.液体,非晶質固体,気体によるX線の回折は,結晶の場合と異なり,ぼやけた濃淡の和が写真フィルム上にみられる.これから原子間距離に関する知識が得られる.[別用語参照]X線結晶学
出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報
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