宇宙の諸現象を物質の基本的な法則・性質をもとにして理解しようとする研究分野をいう。地上とはかけ離れた神の世界と考えられていた宇宙における諸現象に、地上と同様の物質の運動法則を適用しようとしたことから、宇宙物理学は始まった。その萌芽(ほうが)は遠く4~5世紀の古代ギリシアにさかのぼるが、ガリレオ・ガリレイが月の表面が鏡のように滑らかではないことを示す反射の考察を行ったり、ハーシェルが星の分布を調べて宇宙の形を求めようとした姿勢は、すでに初歩的な宇宙物理学であったといえるだろう。
しかし宇宙物理学の本格的な開始は、19世紀における物理学の大きな発展をまたなければならなかった。キルヒホッフらによる分光学の確立によって、遠い恒星の大気や星雲の元素組成・内部運動・物理状態の詳しい研究が可能になり、天体力学を中心としていたそれまでの天文学は「天体物理学」へと飛躍的発展を遂げた。電磁気学、熱力学、さらに20世紀に入ってからの原子物理学、量子力学の発展は、宇宙における多様な現象の解明に威力を発揮した。とくにアインシュタインによる相対性理論は、われわれが知る限りの世界としての「宇宙」を総合的に把握しようとする試みに火をつけ、真に「宇宙物理学」とよべる体系が築き上げられてきた。
今日、天文学の研究分野は、その全体が広い意味での宇宙物理学と重なっているといってもよいであろう。宇宙物理学は、個々の天体、主として恒星の物理的研究を中心とした「天体物理学」に、広大な銀河系や系外銀河の物理学を加え、さらに膨張宇宙における物質の起源と進化、膨張宇宙における多様な相互作用を取り扱う。そのために用いる方法は、数学や上にあげた基本的物理学はいうまでもなく、化学、物性論、原子核・素粒子論にも広く及ぶ。また宇宙は、地上では達成しえない超高真空、超低温、超高圧、超高温、超大重力といった極限状態における物質や空間のふるまい・法則を追究する最適の実験場ともなっている。とくに1980年代以降、高エネルギー物理学(素粒子論)との連携による宇宙膨張初期の研究の進展は目覚ましく、われわれが住む膨張宇宙における物質と空間の成り立ちに迫ろうとしている。
[海部宣男 2017年4月18日]
『O・ストゥルベ、V・ゼルバーグス著、小尾信弥・山本敦子訳『20世紀の天文学』全3巻(1665・白揚社)』▽『科学朝日編『天文学の20世紀』(1999・朝日新聞社)』▽『佐藤文隆著『宇宙物理』(2001・岩波書店)』▽『岡村定矩他編『シリーズ現代の天文学』17巻・別巻1(2007~2012・日本評論社)』▽『高原文郎著『宇宙物理学:星・銀河・宇宙論』新版(2015・朝倉書店)』
宇宙に生起する諸現象を物理学の立場から解明しようとする学問分野。惑星,太陽系,太陽,恒星,銀河,銀河団,さらにそれらの総体としての宇宙までを対象にする。欧米では,宇宙物理学cosmic physicsという言葉はあまり用いられず,むしろ天体物理学astrophysicsが用いられる。この場合,宇宙全体を大局的に論ずる学問分野は,宇宙論cosmologyとして区別される。19世紀の終りころまでの天文学では,天体力学が主流であったが,20世紀に入ってから,とくに1920年代に入り量子力学が完成してからは,天体物理学の分野が大きく発展した。天体力学では,天体を一つの点または物体と考え,その空間的運動を論ずる。これに対し,天体物理学では,天体から放射される電磁波の観測と数値モデルに基づいて,天体の表面や内部で起こっている物理過程,さらに天体を構成している物質とその状態を明らかにしていく。すなわち,天体の内部構造や進化までを明らかにしようとする。これらの知識は集約され,大宇宙の構成が明らかになる。この意味で,現代の宇宙物理学は,天文学の中でも,ほとんどの領域を覆うものである。とくに60年代後半からは,新しい電子技術や人工衛星を使って,電波からX線にわたるあらゆる波長で詳しい観測がなされるようになった。その結果,ブラックホールや銀河の爆発など,それまで思いもかけなかった現象が次々と発見され,天体物理学の内容はきわめて豊富なものになった。
執筆者:杉本 大一郎
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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