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軍歌 グンカ

デジタル大辞泉の解説

ぐん‐か【軍歌】

軍隊の士気を高めるための。また、愛国心軍隊生活などをうたった歌。

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世界大百科事典 第2版の解説

ぐんか【軍歌】

戦意高揚,愛国精神鼓舞のため軍事を歌った歌。ときには戦友の死への悲しみを歌った悲痛な歌も軍歌といわれる。日本最初の軍歌は明治維新期における東征軍の進軍歌《トンヤレ節》(品川弥二郎の作と伝えられる)であり,はやしことばを入れた俗謡調であった。《新体詩抄》(1882)掲載の外山正一作《抜刀隊の歌》に陸軍軍楽隊雇教師フランス人ルルーが作曲した歌(1885)が初期の代表作だが,これも軍隊で歌われているうちに俗謡風に変化した。

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大辞林 第三版の解説

ぐんか【軍歌】

軍隊の士気を盛んにし、また愛国心をふるいたたせるために作られた歌。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

軍歌
ぐんか

基本的には兵士が行軍しながら歌うものであり、この定義によると、おそらく世界中のほとんどの地域、各時代に、軍歌に属するものが存在しているといえる。また、戦闘行為にまつわる歌唱は多くの民族にみいだされる。しかし一般にはこの語は、わが国において明治以降につくられた、軍隊の士気を高め、また国民の愛国精神を発揚するための歌をさしている。
 この意味でのわが国最初の軍歌は「宮さん宮さんお馬の前で……」の歌い出しで有名な『トンヤレ節』(1868)とされる。これは東征軍が江戸への進軍中に歌ったもので、江戸期の俗謡調をとどめながらも、欧米の行進曲の影響が認められる。この歌は、明治維新への期待感から数多くの替え歌となって人々の間に広まった。しかし、維新政府に対する期待がすぐに幻滅となると、人々は江戸期からの俗謡で政府を批判するようになる。こうした背景抜きには、文部省の小学唱歌制作、指定は考えられないが、国民の思想統制の手段としての側面は、その後の軍歌にも色濃く表れている。『トンヤレ節』自体、長州の品川弥二郎(やじろう)作詞・大村益次郎(ますじろう)作曲であるといわれており、もともと官製軍歌なのである。
 日清(にっしん)戦争が近づくと軍歌は急増する。代表的なものとして『来(きた)れや来れ』(外山正一(とやままさかず)作詞・伊沢修二作曲、1888)、『敵は幾万』(山田美妙(びみょう)作詞・小山作之助作曲、1891)があげられるが、これらはいわゆる「ヨナ抜き」の五音音階でできており、以後多くの軍歌がこの音階によるものとなる。この音階は小学唱歌でも多用され、江戸期までの人々の音感覚に対抗し、人々の創造性を萎縮(いしゅく)させる役割を担った。しかしその後の日露戦争期にもっとも流行した『戦友』(真下飛泉(ましもひせん)作詞・三善和気(みよしわき)作曲、1905)は、官製軍歌ではないうえ、「忠君愛国」の精神を歌う歌詞内容ではなく、また陰旋法的な旋律であり、人々の共有してきた音楽文化の根強さを感じさせる。さらに、大正期にはほとんど軍歌らしきものはつくられなかったのである。そして昭和になって、日中戦争開始(1937)前後からふたたび軍歌が多くつくられるようになってからも、官製軍歌はあまり人々に受け入れられず、『露営の歌』『暁に祈る』『父よあなたは強かった』などの「軍国歌謡」とよばれた民間作曲家の作品が広く兵士にも好まれた。
 なお、欧米でソルジャーズ・ソングsoldiers' songなどとよばれるものがあり、第二次世界大戦中にアメリカで広く歌われた『ゴッド・ブレス・アメリカ』などがその例である。また、フランス国歌となっている『ラ・マルセイエーズ』も、もともと兵士たちが歌ったものであった。[卜田隆嗣]
『堀内敬三著『定本 日本の軍歌』(1969・実業之日本社)』

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