農夫にみられる一症候群。第2次大戦中(1943)東北の男手のない農村で,農作業に従事する中年婦人の健康異常に気づいた熊谷太一は〈農婦病〉としてこれをとり上げたが,戦後(1952)北海道の巡回診療の体験から藤井敬三は,男性農民や若年者にも起こることから,これを〈農夫症〉と呼ぶことを提唱した。若月俊一は,長野での診療体験から,これは農業労働による慢性の疲労,農村・農家の非衛生条件(寒冷,低栄養,寄生虫感染など),農村での封建的な人間関係などが背景因子となって起こった健康障害であること,そして,それは早老,慢性疾患の保有と深く関係していることを明らかにした(1955)。若月の提案は日本農村医学会で受け入れられ,〈農夫症〉症候群として〈肩こり,腰痛,手足のしびれ,夜間の多尿,息ぎれ,不眠,めまい・たちくらみ,腹はり〉の8症候が挙げられた。若月は,その一つ一つについて,1月間に,いつもあれば2点,ときどきあれば1点,なしは0点という得点を与え,合計点数が0~2点は農夫症(-),3~6点は(±),7点以上は(+)とした。これは,特定された疾病の発見というよりも,農民の日常の生活や労働における機能の異常や慢性疾患の潜在状況を見いだし,農民の自覚を促し,農村の保健活動を進める契機として大きな役割を果たした。今日でもその意義は失われていない。
執筆者:山田 信也
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
長期間農業に従事した農民にみられる一般的な症候群で、広く日本の農民に多発してきた疾患である。すなわち、肩こり、腰痛、手足のしびれ、夜間の頻尿、息切れ、不眠、立ちくらみ・めまい、腹部膨満感など雑多な症状のうち、いくつかが常時またはときどきあり、一般には単なる疲労と考えて診療を受けない場合が多い。その原因として、長期間にわたる日常生活のストレスの積み重ねが考えられ、高血圧などの循環器疾患のほか、胃炎や胃潰瘍(かいよう)、リウマチや神経痛などが隠されている場合が多く、精密検査が必要である。なお農家の主婦にも多くみられ、農婦病ともよばれる。
1955年(昭和30)長野県佐久(さく)総合病院の若月俊一(としかず)(1910―2006)によって体系づけられ、これを農民の予防医学的啓蒙(けいもう)に役だてる目的から、前述の八つの症状のうち、1か月間に常時あるものには2点、ときどきあれば1点として合計7点以上になれば農夫症とする、一般向けの判定法を発表している。
[柳下徳雄]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…労働環境,原因抗原の違いにより固有病名が命名されており,現在約20種を数える。その代表例である農夫肺(農夫症)は農業従事者にみられ,サイロの乾草に繁殖した好熱性放線菌類の胞子が原因である。ほかに,サトウキビ肺,キノコ栽培者肺,コルク肺,パルプ職人肺,鳥飼育者肺,洗剤工場労働者肺などがある。…
…第2次大戦前の日本の農村生活は,貧困な生計と過重な労働,不潔な環境を意味する以外のなにものでもなかった。当然そこには多くの健康障害があり,いわゆる〈農夫症〉や〈農民の早老〉をはじめ,多くの〈農村病〉が多発し,とくに伝染病や寄生虫病,栄養失調症が広くみられた。農民の死亡率は乳幼児をはじめとして,全年齢層で高かった。…
※「農夫症」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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