耳鳴りとは、外で音がしていないのに音が聞こえる状態ですが、現実には音がない
現実的には自覚的耳鳴が大多数なので、まず自覚的耳鳴から話を進めます。
自覚的耳鳴(以下、単に耳鳴り)が起こる仕組みははっきりしていませんが、内耳から脳に至る聴覚経路のどこかで、外からの音入力に関係なく聞こえの神経が活性化されることで生じると推測されます。また耳鳴りは、外界が静かになる夜や早朝に大きく感じることが一般的です。
耳鳴りは、さまざまな病気に伴って起こります。代表的なものは
耳鳴りは主観的なものなので、その性質や強さを正確に測るのは難しいのですが、耳鳴検査の器械を用いていろいろな高さ、強さの音を発生させ、それと聞き比べることで、ある程度数値として評価することができます。
原因となる病気がはっきりしている時には、その病気を治療することが耳鳴りの治療になります。しかし、多くの耳鳴りは原因不明で、いろいろな治療が試みられます。
よく用いられるのは、内耳や脳の血液循環を改善する薬、筋肉の緊張を和らげる薬、精神安定薬などの薬物療法です。そのほか、局所麻酔薬の静脈注射、
耳鳴りの背景に精神的緊張やストレスが存在することも多いので、心理的なアプローチも重要です。外から現実の音が入ってくると、相対的に耳鳴りが認知しにくくなること(マスキング効果)を利用して、好きな音楽やラジオなどを楽しむことで耳鳴りを緩和することができます。マスカーといって、補聴器のような器具で持続的に雑音など耳鳴りをマスクするような音を出す機器もあります。また、高度難聴に伴う耳鳴りがある方で人工内耳埋め込み手術を受けた患者さんのうち、約80%において、人工内耳使用中に耳鳴りが軽減するとされています。
次に、他覚的耳鳴について述べます。他覚的耳鳴がある場合、実際に患者さんの耳と医師の耳を聴診器で使うようなチューブでつないでみると、ほとんどの場合、患者さんが聞いている耳鳴りを医師が聞くことができます。他覚的耳鳴には、間欠的なものと持続的なものがあります。
間欠的なものには、コツコツとかプツプツなどと表現できる音が多く、耳管周辺の筋肉や
音が持続的な場合では、耳周辺の大きな静脈や動脈内を血液が流れる時に生じる雑音が聞こえる例があります。
治療は、それぞれの原因に応じて考えます。たとえば筋肉のけいれんなら、筋肉の緊張をとるような薬物を試みたり、耳小骨についている筋肉の腱を切断することもあります。しかし、この奇妙な耳鳴りの原因が明らかになるだけでも不安が解消され、そのまま経過をみてゆく方法もあります。
耳鳴りそのものは、生命の危険を伴うものでも痛みを生じるものでもありません。しかし、
また、たとえ最終的に耳鳴りが完全に治らなくても、時間がたつにつれて次第に「耳鳴りはしているが、あまり気にならない」というように、耳鳴りと「平和共存」できるようになるのが一般的です。消極的と思われるかもしれませんが、耳鳴りのように難治性の症状に対しては、時間をかけてこのような受容的考え方にたどり着くのもひとつの解決法なのです。
内藤 泰
出典 法研「六訂版 家庭医学大全科」六訂版 家庭医学大全科について 情報
耳鳴(じめい)とも呼ばれ,外界に音源がないのに聴覚が生じる現象である。耳鳴りの多くは,本人にしか聞こえず,自覚的耳鳴と呼ばれるが,このほかに他人でも聞こえる耳鳴りがあり,他覚的耳鳴と呼ばれる。後者は,動脈瘤,動静脈奇形,血管腫瘍などの血管の異常が中耳や耳の近くにできていて拍動音が聞こえる場合や,耳管を開閉する筋肉や中耳の耳小骨についている小さな筋肉の痙攣(けいれん)性の動きにより起こる場合があるが,いずれもきわめてまれな病気である。
耳鳴りのほとんどは,前者の自覚的耳鳴であり,耳の病気により難聴が生じたときに同時に起こることが多い。とくに日常生活にあまり関係のない範囲に入る周波数の音,すなわち500Hzより低い音や3000Hzより高い音の聞こえが悪くなったときには,難聴は自覚できず,耳鳴りだけが自覚されることがあり,この場合,耳鳴りの音の性状は,難聴のある周波数の音に似ている場合が多い。つまり,低い音の聞こえが悪いときにはザーとかグーンという形容で表現される低い音の耳鳴りが,高い音の聞こえが悪いときにはキーンとかピーという形容で表現される高い音の耳鳴りの生じることが多い。中耳炎のような鼓膜や耳小骨の障害による難聴(伝音性難聴)の場合,低い音の聞こえが悪くなることが多いので低い音の耳鳴りとなり,内耳の障害による難聴は,一般には高い音の聞こえがより悪くなることが多いので高い音の耳鳴りとなる。つまり耳鳴りは,耳の働きが異常に亢進して生じるのではなく,働きが落ちたために起きてくるのである。また,耳の病気のために内耳が完全に破壊されたり,内耳から脳へ向かう神経(聴神経)を切断しても耳鳴りは消失しないことが知られている。耳鳴りは耳の病気の症状として生じることが多いが,聴力異常のない人でも完全に外界の音が聞こえないように造られた無響室に入ると,なんらかの音が聞こえることが多く,これを無響室性耳鳴と呼ぶ。すなわち,きわめて静かな環境で聞こえる耳鳴りは異常とはいえない。むしろ通常の環境では外界のさまざまな音のために耳鳴りが聞こえず,耳の病気のために聞こえが悪くなると外界の音が聞こえなくなるために耳鳴りがしてくるとも考えられる。
耳鳴りの強さは,耳鳴りのしている耳に雑音を聴かせて,耳鳴りの聞こえなくなる雑音の強さを測定したり,耳鳴りのないほうの耳に耳鳴りに類似した音を聞かせて大きさを比較する方法により測定することができる。これらの方法によると,耳鳴りの9割は10dB以内の強さであることがわかっている。耳鳴りは,耳の病気以外に,高血圧,動脈硬化,糖尿病,ホルモンの異常といった全身の病気の症状として起こることがある。しかしこれらの病気では,血管の異常が生じて内耳への血液の供給の状態が変化したために,内耳の障害が起こり,耳鳴りが生じたと考えられる場合が多い。さらに耳鳴りは,うつ病や神経症の症状として起こることがある。同じ程度の難聴があっても耳鳴りのある人とない人があり,耳鳴りをどの程度苦にするかは人により異なる。これらのことを考えると,耳鳴りは心理的要素によっても大きく影響されるといえる。耳鳴りの治療の原則は,耳鳴りの原因となっている耳の病気を治すことである。急性中耳炎や慢性中耳炎,耳硬化症や耳小骨奇形による難聴(伝音性難聴)は,聴力の回復が可能であり,聴力が正常まで治れば耳鳴りは消失することが多い。しかし内耳や聴神経の障害による難聴(感音性難聴)の多くは,いまのところ治すことができない。したがって,この場合の耳鳴りを止める決定的方法はないため,いわば耳鳴りに影響する他の因子に働きかける治療が行われる。心理面の影響が大きいと考えられる場合には精神安定剤の投与,動脈硬化や高血圧による血液の流れの異常が考えられる場合には血流改善剤の投与といった方法である。また内耳の状態に変化を与える目的で局所麻酔剤を中耳に入れる方法も行われている。雑音を発生させる補聴器と同じ形の器械(マスカーmaskerという)をつけて,耳鳴りを聞こえないようにする方法も使われている。これらの方法で耳鳴りが小さくならない場合には,〈耳鳴りと共に生きる〉,あるいは〈耳鳴りを気にしながら元気に日常生活を送る〉ように心掛けることしかない。
執筆者:矢野 純
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
耳や頭の中に実在する音を聴くことで、耳鳴(じめい)ともいい、通常は幻聴を含まない。聴覚は非常に敏感であり、正常な人でも防音室内や静かな場所では耳鳴りを感じ取る。これを生理的耳鳴りという。耳鳴りは当人だけしか感じ取ることができないものが多く、自覚的耳鳴りという。ときにカチッカチッという音やドキドキというような音が他人にも聞こえることがある。これを他覚的耳鳴りといい、血管の拍動性雑音や耳小骨筋肉の攣縮(れんしゅく)などが原因のことが多い。
病的な自覚的耳鳴りは、難聴を伴うものが多く、本人はその難聴を自覚していないことも少なくないが、それが進行して治癒しない高度の難聴や生命に関係してくる聴神経腫瘍(しゅよう)の初期症状であることもあるので、とくに注意する必要がある。すべての難聴が耳鳴りの原因になりうるが、とくに多いのは薬剤による難聴をはじめ、老人性難聴、騒音性難聴、外傷性難聴などである。難聴を伴わない耳鳴りでは、耳以外の病変を考慮しなければならない。むし歯、貧血、高血圧、低血圧、頭蓋(とうがい)内血管腫、脳血管障害、敗血症などをはじめ、全身性疾患の一つの症状であることが少なくない。しかし、ときには原因がみつからないこともある。治療は、原因疾患を診断してそれに対する適切な内科的もしくは外科的治療を行うことが肝要である。対症療法としては精神安定剤などが使用されているが、その使用は慎重を要する。
[河村正三]
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報
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