田畑を耕し,家畜を飼うなど,農業生産の場における労働の過程をいう。農作業を構成する要素は,作業を行う主体の作業者(人間),作業の対象である作物,家畜,作業を行う際の作業手段となる農具,農業機械などの三つに分けられるが,農作業とは,これらの3要素がそれをとりまく作業環境の中で,時間の経過とともに,農業生産の目的に向かって有機的な結びつきをもって動いていくものである。以下,日本における場合を中心に述べる。
農作業を工業における作業と比較すると,著しい違いが認められる。この違いは,基本的には農作業が作物,家畜という生物を用いた生産の遂行にあずかることに由来している。すなわち,生物の生育に合わせて,より適切な条件をつくり出すことが農作業の役割であって,この点で原料を組み合わせて物理・化学的に製品を作り出す工業生産とは異なっている。おもな相違点は以下のように要約される。(1)生産の期間を自由に変えられないこと 作物や家畜は固有の発育段階を経過して生育するもので,一部の段階を省略するなどして生産期間を大幅に変えることはできない。例えば,水稲は,発芽,茎葉の分化・伸長,出穂,開花,結実など,順序を追って生育し,それぞれの時期に必要な農作業が行われる。この場合,作業能率を高めても生育が早くなることはないし,それぞれの発育段階に達しないうちに作業を終わらせることもできない。(2)生産の季節性が強いこと 作物も家畜も季節の推移とともに固有の生育を示すものである。したがって,季節と無関係に作業時期を決めることはできないし,作業に必要な労働力の量も季節とともに変化する。このことは,工業では一般に行われている工程ごとの分業を不可能とし,同一人が多種類の作業を順次行わなければならないことを意味する。(3)作業対象の規格化の程度が低いこと 作物や家畜は生物であるために,個体間にかなりの変異をもっている。したがって,個体ごとに作業者が判断して扱わなければならない場合が多く,作業の機械化,自動化を困難にしている。(4)作業対象が分散して固定されていること 作物は,播種(はしゆ),植付けされるとその位置に固定されて動かず,広く耕地に分散して配置される。このために,作業にあたっては作業主体と作業手段が広範囲にわたって移動しなければならず,多くの農作業は運搬作業の側面をもつ。例えば,施肥作業は肥料を畑へ運ぶ作業も畑の中でまく作業も,一種の運搬作業ということができる。また,作業の場が分散していることは,場の条件を斉一に整えることを困難にし,作業精度の向上に限界をもたらす。さらに対象が地面に固着することから,作業者が腰をかがめた姿勢で作業せざるを得ない場合が多く,作業者の負担が大きくなる。(5)天候の支配が強いこと 多くの圃場(ほじよう)作業は,降雨,降雪,強風などで不可能となる。天候に左右され,作業計画の完遂率は低くなりがちであり,逆にこれらを見込んだ計画を立てることもひじょうに難しい。
弥生時代の遺跡から発掘された農具から知られるように,日本では古代からくわ(鍬),鎌などの手農具を用いた人力作業が行われてきた。奈良時代には犂(すき)を用いた牛耕が始まったが,中世,近世を通じて畜力耕は上層農家に限られ,一般的には人力作業が中心であった。また,畜力を利用した作業の種類も,耕起と代搔き(しろかき)および運搬に限られていた。明治に入って,畜力耕が唱道され,一部の地域では広まったが,本格的に普及したのは明治末に日本の条件に適合した犂(短床犂(たんしようり))が開発された後である。一方,大正年間から,揚排水,脱穀,もみすりなどの定置作業(移動を伴わない作業)の原動力にエンジン,モーターが利用されるようになった。昭和初期には輸入機械を改良した国産の耕耘(こううん)機の開発が始まって,第2次大戦中にわずかながら普及をみた。第2次大戦後,とくに昭和30年代に入ってからは,耕耘機が爆発的に普及し,40年代には乗用トラクター,田植機,バインダー,自脱コンバインなどが普及して,水稲作の主要作業は機械力で行われるようになった。このような人力→畜力→機械力と移行する原動力の転換は,転換時期の早晩はあっても世界的な傾向である。しかし,日本の場合,欧米で広く普及した畜力段階はきわめて不十分にしか展開されず,多くの作業が人力段階から一躍,機械力段階へと移行した。このことは,田植機をはじめとして日本で開発された機械が,畜力機に似たトラクター牽引(けんいん)型でなく,人力作業に似た自走型であることにも反映されている。現在日本では多くの作業が機械化されたとされているが,実際に機械化されたのは各作業工程中の主要作業に限られており,付随的作業は人力に依存している場合が多い。最も機械化が進んでいる稲作でも,10a当りの投下労力60.6時間に対して,動力運転時間は14.5時間で,機械作業の補助を含めて多くの人力作業が残っている(1982年生産費調査より)。
農作業の実施にあたっては,その良否について判断しなければならないが,作業の質と量に関する主要な評価は,以下の点から行われる。(1)作業能率 単位耕地面積当りや単位作業対象(1頭など)当りの所要労働時間で表示される。農具や機械の種類の選択と使用法の改善,作業手順の改善,作業組織の改善などにより能率は高められる。また,耕地の形状や施設の構造も能率に大きな影響をもっている。(2)作業精度 作業の目的をどこまで達成したかによって評価される。例えば,収穫作業の損失割合,除草作業の残存雑草量など,作業の種類ごとに多様であるが,この改善には,作業時期の選択,農具や機械の調整,改良,作業方法の変更などが検討されなければならない。(3)労働負担 作業者の受ける労働負担の大小で評価される。負担には筋肉的なもの,精神的なもの,神経的なものなど多岐にわたるものがあって,現実の作業の場では作業者の主観的な総合評価に頼らざるをえない。重要な負担としては,作業による作業者のエネルギー消費量の大小や,作業姿勢の良否などがある。従来の人力作業では,大きな動作と筋肉を必要とするものや腰を曲げて行うものが多く,重い負担となっていたが,機械化とともにこれらの点はかなり改善された。しかし,機械使用に伴い,振動障害や騒音による難聴などが新しい問題となっている。また,労働負担とはやや意味を異にするが,機械使用時の事故防止対策,農薬使用時の安全対策などは,作業の評価上決定的といえるほど重要な意義をもっている。(4)作業経費 農業が経済行為である以上は,農作業も経営的側面からの評価が必要になる。すなわち,同一生産額に対して作業経費をより安くするための検討が必要になる。作業に関係の深い費目には,労働費,農機具費があり,そのほかにも資材費(種苗,肥料,農薬などの諸資材),水利費,建物費(倉庫,車庫など)が作業方式の違いによって変わってくる。
農業生産では,作物や家畜の生育に合わせて,各種の農作業の工程が時系列的に配置される。農業の営まれる各地では,それぞれの社会経済的条件と気象,土地などの自然条件の特色を背景にして,全生産工程あるいは数個の工程について,普遍性のある合理的な作業方法の順列が成立するが,これを農作業体系と呼んでいる。個々の工程の作業方法は,相前後する作業と有機的に密接に関連しており,このことが農作業体系の重視される理由となっている。例えば,水稲の慣行作業法では,収穫期に天候がよい九州の乾田地帯では,刈取り後数日間そのままねかせて地干しを行ってから結束し,圃場で脱穀する体系がとられたが,天候の悪い日本海側では,刈り取りながら結束し,束を立てて予備乾燥したのち稲架(はさ)に掛けて本乾燥し,家に運んで庭先や屋内で脱穀した。このように刈取法一つをとってみても,後続作業との関連で作業内容は異なっている。
農作業は,作業者が単独で行える場合と,なん人かが集まって協力しないとできない場合,あるいは協力することによって能率が大きく高まる場合とがある。田植時などの農繁期に農家相互が労力提供・補完する習慣(ゆい)は,古くから行われてきた農作業組織として一般的なものであった。同様の農作業組織は,作業が機械化された現在でも,多くの場合に重視されるものである。
農業では,きわめて多種の作業を適期に順次消化していかなければならない。このためには,あらかじめ農作業計画を立てて実施することが必要になる。最も基本的な計画は年間作業計画で,経営計画に即して年間の耕種・飼養上必要な作業を,旬あるいは週単位に計画的に配列することである。この場合,作業規模,作業能率から各作業の所要時間を算出し,できるだけ時期的な所要労力の山の小さい計画を作り上げることが重要である。ただし,作物,家畜の生育は年間計画どおりには進まないし,天候も予測どおりにはならない。したがって,当初の旬(週)別作業計画は,各旬(週)の作業の実施状況により立て直す必要がある。この場合には後続の旬(週)の作業でも実施可能なものは繰り入れ,好天であればできるだけ作業を進められるように調整する。このような過程を通じて,個々の日別作業計画が設定される。この場合には,具体的に作業手順まで決め,準備を必要とすることは手配して,実施にあたって時間の損失を生じないようにしておく。以上のほか,農作業には建物,施設の整備や農機具の整備調整など,間接的な作業も含まれる。これらは,作物栽培や家畜飼養の直接的作業が少なくなった農閑期や,雨天で作業できない場合に実施するように,別個に計画しておく必要がある。このような農作業計画は従来,個々の農家が長年の経験をもとに慣行的に実施してきた面が強かった。しかし,変転する社会経済の動きのなかで,新しい作物や家畜を導入し,無理なく豊かな経営を維持するためには,最も重視されねばならないところである。
近年日本では,農作業に対する機械の利用が急速に増大してきている。人力作業を機械作業に変えることは,作業を著しく高能率,低労働負担のものにしてきた。耕耘作業を一例にあげれば,万能(まんのう)による人力耕では,10a当り547分の時間と純労働量(労働に対して消費された熱量)2626kcalを必要とするが,耕耘機耕では69分で276kcal,乗用トラクターのロータリー耕では25分で30kcalという結果が得られている。すなわち,人力耕に比べて耕耘機耕とトラクター耕は,それぞれ時間で13%と5%,純労働量で11%と1%にすぎなくなる。このような数値は,機械の利用により,さらに広い耕地や多数の家畜を対象とした作業の可能性を示しているが,日本の実情はそのようにはなっていない。すなわち,農地価格が高いために耕地の規模拡大は行われず,機械化により投下労働時間が短縮された余裕時間は兼業に振り向けられ,その結果,農作業は土曜,日曜に限られ,より高能率の機械が要求されている。そのため,高額機械の使用に伴う経費負担増が兼業所得で賄われる悪循環の繰返しとなっている。また,元来作業の季節性から年間稼動時間の短い農機具が,土日に限って使われるために,農家間でそれらを共同利用することも困難になり,各農家は能力のきわめてわずかしか利用しない一式の農機具を所有することになり,農家の機械投資額は収益とひじょうにバランスのとれないものになっている。
→農業機械 →農具
執筆者:春原 亘
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
…農業技術の体系は,整地を通じて作物栽培にとり好適な条件を耕地内に実現し,作物の生育過程に応じて作物体,耕地を適切に管理することによって収穫を得,さらに収穫物を食用に供するための調製加工を行う一連の行為としてとらえることができる。時間的連鎖をもって展開するこの一連の行為が農作業であり,農具とは農作業に使用される畜力や人力用の用具である。しかし農具とそれ以外の用具とは明確に区別されるわけではない。…
※「農作業」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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