農村社会や農民生活に生じるさまざまな問題を対象とする社会学の一分野。当初、資本主義の発展に伴う工業化を背景にしだいに顕在化するようになった農村問題に対して、その解決を目ざす政策とその推進の方法とを明らかにするという要請に基づいてアメリカで成立した。農村問題にかかわる実践的性格の強い政策科学として活発な研究が行われるうちに、第一次世界大戦前後から、農民家族や農村の地域社会などについての科学的な研究方法の整備と研究成果の理論化が進むようになり、社会学の一分野として確立するに至った。その後、農村社会学はヨーロッパやアジアの諸国などでそれぞれに研究されるようになり、日本でも社会学の諸分野のなかでは早く、すでに昭和10年代から実証的な調査研究が行われてきた。
各国の農村社会学には一般にアメリカ農村社会学の影響がみられるものの、農業のあり方や農村の抱える問題が、それぞれの地域において多分に相違するだけに、おのおの異なった関心や研究方法を含んで研究されている。アメリカの農村社会学は、今日まで農民生活にかかわるきわめて広い領域の問題を取り上げ、農業技術の普及や農民生活の改良に向けての応用と深く結び付いている。ほかの諸国の場合も、現実の農村の実態調査に依拠して応用を目ざした研究を行う点では共通した性格がみられるものの、アメリカの場合に比べて対象とされる問題は限定されている。
[蓮見音彦]
日本の場合には、1935年(昭和10)前後に、農村の社会構造をとらえることを通じて日本社会の特質を明らかにしようとする視点から、農村社会学の確立が図られた。農村の現実の改良との結び付きが希薄であったことは、当時の社会学のあり方、社会科学の位置づけを反映したものであった。鈴木栄太郎は、アメリカ農村社会学の研究に触発されて、農家家族と自然村を中心に据えて農村社会学の体系化を目ざした。また、有賀喜左衞門(あるがきざえもん)は、地主制との関連の下に、家族制度や日本社会固有の同族組織の実証的研究を行い、そこに日本の社会結合の基本形態をみいだそうとした。
第二次世界大戦後、農村では、民法の改正による家制度の解体や農地改革による地主制の解体などが進むなかで、福武直(ふくたけただし)を中心にこれらの制度的改革にもかかわらずなお残存する封建遺制の解明に焦点があてられた。農村社会の民主化がどこまで達成しうるかが、日本社会の民主化の進展を規定するものと考えられた。福武は東北型の同族結合と西南型の講組(こうぐみ)結合という村落構造の二つの類型を示し、農村の民主化の展開を説明しようとするとともに、行政村の政治や農民生活、農民意識など農村社会の多様な問題に農村社会学の対象を拡大した。
経済成長が進み、農業・農村がそれに対応した激しい変貌(へんぼう)を示すのに伴って、農村社会学もその研究関心を変化させた。農民の階層分化とその過程での農民の組織化が進む時期には、村落共同体の解体過程と対比しつつ、日本における伝統的な村落の解体過程や新しい集団の形成についての研究が行われた。さらに、農業所得が伸び悩むなかで都市への人口流出や兼業化が進み、新しい農村問題として後継者問題、出稼ぎ、過疎、高齢化問題などが次々に問題とされるようになった。この結果、農村の変動を都市の発展や資本主義の構造との関連でとらえる視角が強まり、農村社会学の関心領域も大きく拡大されるに至った。
[蓮見音彦]
『蓮見音彦編『農村社会学』(1973・東京大学出版会)』▽『『鈴木栄太郎著作集Ⅰ・Ⅱ 日本農村社会学原理』(1968・未来社)』▽『『有賀喜左衞門著作集Ⅹ 同族と村落』(1971・未来社)』▽『福武直編『戦後日本の農村調査』(1977・東京大学出版会)』
農村社会や農民生活を対象とする社会学の一分野。1920年代以来アメリカをはじめヨーロッパ,アジアなど各国で研究が進められている。日本では社会学の諸分野の中では比較的早く30年代から活発に研究が行われ,アメリカなどの影響もあるが,農村の事情に差が大きいこともあって多分に日本農村に集中した独自な研究が発展している。当初は,有賀喜左衛門などによる地主制との関連の下での家族制度や同族組織の研究や,鈴木栄太郎による農家家族と自然村を中心においた農村社会の体系的把握などが行われ,それらを通じて日本社会の社会結合の基本形態を明らかにしようと試みられた。
第2次大戦後,農村において農地改革や家族制度の廃止などの制度的改革が進められるのを背景に,福武直を中心に改革後も残存する封建遺制の解明が目ざされ,農家家族から村落構造,農民意識など広範な対象をとりあげて実証的な調査研究が行われた。この中で村落構造に関して,同族結合の東北型農村と講組結合の西南型農村の二つの類型をたて,前者から後者をへて自立した農家の構成する民主的農村社会を展望するという理論図式は大きな影響力があった。その後,農村社会学者の多くは村落社会研究会を組織して研究の発展を図ったが,改革後の農村の歴史的規定をめぐって,日本の村落がヨーロッパの資本主義以前の社会にみられた村落共同体と共通するものとしてとらえられるか否かをめぐり論議が重ねられた。農村の階層分化と集団構成についての研究が進められ,一定地域に居住している農家を包括的にさらい込み,多様な機能をもつ村落は封建遺制としての共同体的規制とみなされ,その解体によって,加入脱退が自由で階層的にそれぞれの利害に基づいて組織される機能集団が噴出して新しい農村が構成されると想定された。この時期の研究は,社会科学としての農村社会学の発展を目ざすものであったが,経済の高度成長が進み農村問題が激化するなかで,村落の機能の低下とともに機能集団も不活発になり,農村社会学が村落共同体論に基づいて村落の解体を目標の一つに設定したことに対して,むしろ日本社会の社会結合の特質への配慮を欠いた西欧一元論的な見方であったという批判もなされた。
農村社会学の課題は,農村の変貌が激しくなるにつれて転換を迫られた。激化する農村問題を追って農村の変化を明らかにすることが求められたことはいうまでもないが,農村の変貌が日本経済の高度成長の影響として生じているだけに,村落の内部的な要因の組合せによって農村の変動を解明しようとする従来の枠組みをこえて,都市との関連や国の政策との関連で変動を明らかにしようとする方向を生み,さらに兼業化や非農家との混住化が進むにつれて,都市と農村を包括的に視野におさめた地域社会学の研究を触発させる役割も果たした。
執筆者:蓮見 音彦
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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