改訂新版 世界大百科事典 「農産物生産費」の意味・わかりやすい解説
農産物生産費 (のうさんぶつせいさんひ)
米,小麦,牛乳,豚肉など,それぞれの農産物を生産するために必要な費用であり,生産物単位当りの金額で表示される。農産物の生産費は工業製品の生産費と異なり,自然条件による収穫の豊凶変動に大きく左右される。豊年には生産費は低く,凶年には生産費は高い。こうした豊凶変動の影響を除くためには,生産物単位当り生産費を,作付面積単位当り生産費と,作付面積単位当り生産量とに分解してみると便利である。すなわち
生産物単位当り生産費=作付面積単位
当り生産費÷作付面積単位当り生産量である。この式で,作付面積単位当り生産量は自然条件で年々変動するけれども,〈作付面積単位当り生産費〉のほうは比較的自然条件の影響を受けないので,安定した累年比較や地域間比較が可能である。
さて,農業は主として家族経営であり,家族労働力,所有耕地,自己資本を用いて生産を行っているので,それらを使用する費用を貨幣額で評価しなければ生産費は求められない。評価の方法としては,それぞれ雇用賃金,借地地代,借入資本利子を用いるのが普通であるが,どのような評価基準を用いるかによって生産費は大きく変化する。また農業では堆肥や飼料などを自家生産して使用することも多いが,こうした資材には市価の存在しないものもあり,自家生産の費用を評価して生産費に加えなければならない。
農林水産省では,主要な農産物についてその生産費を調査している(農畜産物生産費調査)が,そこでは次のような定義が用いられている。まず家族労働費を含む労働費と肥料代金などの物財費との和を〈費用合計〉と呼ぶ。費用合計から副産物価額を差し引いた残余が〈生産費(副産物価額差引)〉,それに支払利子と支払地代とを加えたものが〈支払利子・地代算入生産費〉であり,さらに自己資本利子と自作地地代とを加えたものが〈資本利子・地代全額算入生産費〉(全算入生産費)〉である。一般に生産費という場合には,この全算入生産費をさすことが多い。全算入生産費には,自作地の地代や自己資本の利子が,それぞれ一定の方式で評価されて含められている。このように,生産費(副産物価額差引),全算入生産費といった区別をするのは,利子や地代が生産費であるか否かについて論争があるからである。農産物の価格は政府によって定められるものが多く,その価格決定に当たっては生産費が参考にされるので,農水省の生産費調査は重要な政策的意義をもっている。その代表例は米価である。米の生産費調査は,1921年成立の〈米穀法〉を契機に,翌22年政府の米の買入価格を決定する米穀委員会の資料として帝国農会によって始められた。一方31年に農林省米穀局で開始された同調査は,48年以降は同省統計調査部に移管され,現在ではランダム・サンプリングで抽出されたほぼ3000戸の稲作農家について,記帳方式で行われている。農水省では,米のほかに,麦類,工芸農作物類,牛乳,肉類などの生産費を調査しており,調査結果は毎年公表されている。ただし工芸農作物類については,品目によって調査農家数が少なく,事例調査という性格のものである。
執筆者:荏開津 典生
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報