造血器腫瘍発生の分子機構

内科学 第10版 の解説

造血器腫瘍発生の分子機構(造血器腫瘍の発症機構と治療)

(1)癌遺伝子と癌抑制遺伝子
 正常細胞のゲノム上には多数の癌遺伝子癌抑制遺伝子が存在する.癌遺伝子は細胞増殖シグナルの伝達細胞周期回転の促進,分化抑制,アポトーシスの回避に役割を担っている.癌抑制遺伝子は細胞増殖抑制シグナルの伝達,細胞周期回転の抑制,分化促進,アポトーシス誘導に機能する.癌遺伝子が活性化型変異を獲得する,あるいは,癌抑制遺伝子が機能的に失活することは造血器腫瘍発症の重要なワン・ヒットになる.また,従来の癌遺伝子あるいは癌抑制遺伝子といった分類には当てはめにくい,エピジェネティクスの制御関連遺伝子,RNAスプライシング遺伝子,蛋白翻訳や分解に関連する遺伝子,代謝酵素遺伝子の異常も,造血器腫瘍発症に重要な役割を担っていることが明らかになっている.
(2)遺伝子変異の種類
 癌遺伝子および癌抑制遺伝子の変異の機序はさまざまである(表14-7-1).癌遺伝子活性化の代表的な機序は染色体転座に伴うものであり,キメラ遺伝子(多くの場合癌遺伝子として機能する)が形成される場合と,転座相手遺伝子のプロモーター/エンハンサーの制御下に異所性に癌遺伝子の発現が亢進する場合がある(表14-7-2).また,遺伝子の翻訳領域に点突然変異が入り,癌遺伝子が活性化される場合がある.一方,癌抑制遺伝子が完全に機能的に失活するには,2つある遺伝子座の両方が失活する必要がある(Knudsonの2段階説).癌抑制遺伝子の失活には,遺伝子座の欠失,点突然変異,数塩基挿入・欠失などの微細な遺伝子翻訳領域の変異,プロモーターのメチル化による遺伝子発現の低下などの機序がある.近年では,片方の遺伝子座の欠落に伴う遺伝子量の低下のみで,腫瘍発生の原因になると考えられており,これをハプロ欠失効果とよぶ.
(3)疾患別の腫瘍発症機構
a.骨髄性腫瘍
ⅰ)急性骨髄性白血病
 生存および自己複製能が亢進した白血病幹細胞(leukemic stem cell:LSC)より,盛んに増殖する白血病細胞集団が産生され,急性骨髄性白血病(acute myeloid leukemia:AML)は発症する.Gillilandらの2ヒットモデルによれば,AMLが発症するには2種類のヒットが必要である.1つは増殖・生存を促進するクラスⅠ変異であり,もう1つは分化あるいはアポトーシスを抑制するクラスⅡ変異である.クラスⅠ変異を示す遺伝子には,増殖シグナルの構成員である受容体型チロシンキナーゼをコードするFLT3遺伝子およびKIT遺伝子,シグナル伝達分子をコードするRAS遺伝子がある.いずれの変異も機能獲得型である.一方,クラスⅡ変異に属するのは,染色体転座の結果形成されるキメラ型転写因子遺伝子PML-RARA(t(15;17):FAB-M3),RUNX1-RUNX1T1(t(8;21):FAB-M2),CBFB-MYH11(inv(16):FAB-M4Eo),MLLキメラ(11q23転座:FAB-M2,M4,M5),転写因子遺伝子CEBPAの変異である.PML-RARA,RUNX1-RUNX1T1およびCBFB-MYH11はそれぞれ骨髄球分化に重要な役割を果たす野生型転写因子RARA,RUNX1およびCBFBに対してドミナント・ネガティブ効果を発揮する.MLLはヒストン・メチルトランスフェラーゼとして機能し,広範囲のHOX遺伝子の発現を活性化させるが,MLLキメラはメニン依存性にHOXA7およびA9の発現を特異的に亢進させる.CEBPA遺伝子は顆粒球の分化に必須の遺伝子で,変異により機能が失活する.一方,近年の白血病細胞の全ゲノムシークエンスの結果,イソクエン酸脱水素酵素(IDH)1および2遺伝子の変異がそれぞれAMLの約1割程度の症例に観察されることが明らかになった.これらの酵素はTCA回路を回転させるのに役割があるが,変異の結果基質特異性が変化し,エピジェネティクスの制御などを破綻させ,腫瘍化へのワン・ヒットになると考えられている. 
ⅱ)慢性骨髄性白血病
 慢性骨髄性白血病(chronic myeloid leukemia:CML)も造血幹細胞レベルで発症する腫瘍であるが,慢性期には血球の分化傾向は保たれている.発症のマスター遺伝子は,フィラデルフィア転座(t(9;22))の結果形成されるBCR-ABL遺伝子である.BCR-ABLは酵素活性の亢進した非受容体型チロシンキナーゼである.BCR-ABLはさまざまな抗アポトーシスシグナル(RAS-MAPキナーゼ,STAT5シグナル,PI3キナーゼシグナル)を活性化させることにより,正常造血幹細胞を形質転換させる.BCR-ABLの存在自体が遺伝的不安定性を誘導するため,自然経過では多彩な遺伝子変異が蓄積して,急性白血病に移行する. 
ⅲ)骨髄異形成症候群
 もう1つの造血幹細胞腫瘍である骨髄異形成症候群(myelodysplastic syndrome:MDS)では,病初期には無効造血の結果血球減少症をきたし,病後期にはCMLと同様に白血病化する.その病態・予後は多様であり,CMLのBCR-ABLに相当するマスター遺伝子は同定されていない.MDSでもAMLで観察されるクラスⅠおよびクラスⅡ変異は観察されるが,エピジェネティクス制御遺伝子群(DNMT3A,TET2,IDH1/2,ASXL1,EZH2),RNAスプライシング制御遺伝子群(U2AF35,ZRSR2,SRSF2)に変異が観察されるのが特徴的である.5q-症候群では,リボソームの合成に必須のRPS14,抗接着分子をコードするSPARK,MIR145および146Aの遺伝子座がヘテロ欠失を起こしている.それぞれ,赤芽球の無効造血,幹細胞のニッチへの結合増強,巨核球の異形成と血小板産生誘導を介して,5q-症候群の病態形成に関与している.
b.リンパ性腫瘍
 リンパ性腫瘍は,腫瘍細胞の分化の程度により,急性リンパ性白血病(acute lymphocytic leukemia:ALL),悪性リンパ腫,多発性骨髄腫に分類される.B細胞由来のものとT/NK細胞由来のものがある.特徴的な遺伝子異常は,B細胞性腫瘍の場合には免疫グロブリン遺伝子座の再構成を伴う,T細胞性腫瘍の場合にはT細胞受容体遺伝子座の再構成を伴う染色体転座である.これらの染色体転座は,正常なリンパ球の初期分化に伴う遺伝子再構成に誤りが生じて,ほかの遺伝子と組み変えを生じた結果出現すると考えられている.転座の結果,相手遺伝子の異所性発現亢進が起こる.
 このタイプの転座は,T細胞性ALL,B細胞性悪性リンパ腫,多発性骨髄腫に多く観察される.代表的なものは,Burkittリンパ腫のt(8;14)(MYCの活性化),マントル細胞リンパ腫のt(11;14)(サイクリンD1(CCND1)の活性化),濾胞性リンパ腫のt(14;18)(BCL2の活性化)である.MYCおよびCCND1は細胞周期の回転を促進する癌遺伝子であり,BCL2はアポトーシス抑制因子をコードする.B細胞性ALLでは,免疫グロブリン遺伝子が関与しない,キメラ形成型の転座も多く観察される.t(9;22)(フィラデルフィア転座:BCR-ABLを形成),t(4;11)(MLL-AFF1を形成),t(12;21)(ETV6-RUNX1を形成)あるいはt(1;19)(E2A-PBX1を形成)などである.ETV6-RUNX1はRUNX1のドミナント・ネガティブ体であり,E2A-PBX1は活性化型HOX遺伝子である.T-ALLには,T細胞分化に必須の役割を担っているNOTCH1
遺伝子の活性化型変異が観察される.[三谷絹子]
■文献
特集 注目される造血器腫瘍の遺伝子異常.血液・腫瘍科,58(1),2009.三谷絹子:癌遺伝子,癌抑制遺伝子.三輪血液病学,第3版(浅野茂隆,池田康夫,他監修),pp81-92,文光堂,東京,2006.
三谷絹子:造血器腫瘍. 図説 分子病態学,第4版(一瀬白帝,鈴木宏治編著),pp208-220,中外医学社,東京,2008.

出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報

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