最新 心理学事典 「運動学習」の解説
うんどうがくしゅう
運動学習
motor learning
幼児の発達において,到達反応reachingが成立する場合も,腕と手で体を支える,腕を伸ばす,対象物を手のひらでつかむなどの運動そのものとそれらの協調と同時に,対象物を見る行動が必要となる。野球の投球動作も,運動要素の形成だけでなく,目標に視線を向けつづけるという指導をした結果,目標に命中する割合が高くなる(安生祐治・山本淳一,1991)。多くの運動学習は,外的環境との接触という観点からは,このような知覚運動協応perceptual motor coordinationによってなされる。通常は,すでに個体がもっている運動レパートリーが組み合わさり,新しい運動レパートリーが形成される。ただし,運動レパートリーがない場合には,少しでも適切な運動が出現したら強化する形で,徐々に基準を目標に近づけていく反応形成response shapingの手法が用いられる。
運動は単一の要素から成ることは少なく,複数の構成要素から成る一連の行動連鎖behavior chainをなしている。運動学習を進める場合,行動連鎖をその構成要素に分解する。これを課題分析task analysisという。構成要素の学習を個別的に進めるのと同時に,行動連鎖としての流れをつくる。行動連鎖の学習には,逆向連鎖化backward chainingが有効な方法である。たとえば,自立的な食事行動の学習を進める場合,スプーンで食べ物をすくう,スプーンを持った腕を口の所まで移動させるなどの運動を,他者からの身体的援助physical guidanceによって実施し,口元の前でその援助を止める。行動連鎖の最後の構成要素terminal linkである腕を動かし,スプーンを口の中に持っていく運動の自発的遂行を促すのである。自発的運動の直後に正の強化刺激が得られるので,その行動が安定する。その後,身体的援助を行動連鎖の後ろの構成要素からなくしていくことで,徐々に自発的な運動を増やしていく。
運動学習を安定させるためには,各個別要素が正確に遂行される状態accuracyから,各行動要素が滞りなくスムーズに遂行される状態fluencyへと移行させていく。
遂行後に正誤が示されるだけでは,運動学習が促進されない。どの行動要素が適切でどれが誤っていたかについての言語教示を与えるknowledge of response(KR)のと同時に,実際に遂行された運動と適切な運動を映像で視聴する,示された適切な運動をモデリングする,などのフィードバックfeedbackが複雑な運動の学習にとって有効である。運動学習は,自己受容感覚proprioceptiveによるフィードバックが含まれるが,刺激手がかりとしてはたいへん弱い。そのため,学習が進みにくく,また一度誤反応を学習するとその修正が難しい場合が多い。したがって,一連の運動や運動要素に対して,視覚的フィードバックを付加することで,学習そのものを支えることが有効な方法となる。
学習されたものが,新しい運動の学習に促進効果をもたらす場合を,正の転移positive transferという。たとえば,鏡映描写の実験では,両手の間の両側転移が見られる。リハビリテーションで用いられている箸でビーズをつまんで移動する運動についても,両側転移が見られる。運動学習の法則性に関する知見は,スポーツコーチング,日常生活動作の支援,介護方法,運動療法・作業療法・言語療法などのリハビリテーション,発達障害への療育支援,学習困難への学習支援,さまざまな技能の熟達化expertiseなどの領域で,幅広く用いられるようになってきている。 →オペラント条件づけ →行動修正
〔山本 淳一〕
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