改訂新版 世界大百科事典 「配座解析」の意味・わかりやすい解説
配座解析 (はいざかいせき)
conformational analysis
単結合のまわりの回転によって,他の可能な配向とは異なる分子の中の原子の特定の配向を配座または立体配座という。単結合のまわりの回転が可能な分子には原理上無数の配座が可能であるが,分子が実際にどのような配座をとるかを決めることを配座解析という。単結合C-Dのまわりの回転についての配座解析では,原子の配向を二面角で定義する。すなわちB,Cに結合した原子をそれぞれA,Dとするとき,面ABCと面BCDが挟む角(二面角)Φによって,非直線的結合ABCD,したがってそれを含む分子の配座が定義される。配座が異なれば原子間距離も異なるので,反発や求引によるエネルギーに変化が生じる。このため分子は配座によって異なるポテンシャルエネルギーをもつ。配座解析は,配座に対する分子のポテンシャルエネルギーを求める作業である。原子間の反発ないし求引が分子のポテンシャルエネルギーを決める大きな要因である場合は,回転が問題となっている結合に関するニューマン投影式がよい手掛りとなる(立体構造式)。炭素-炭素単結合のまわりの回転がある最も簡単な系エタンについて,種々の二面角Φと対応するニューマン投影式を図1-aに示す。Φ=0°,120°,240°,360°,……のとき,二つのメチル基水素は距離が最短となり,分子のポテンシャルエネルギーは極大となる。この配座は重なり型と呼ばれる。これに対してΦ=60°,180°,300°,……のときエネルギーは極小となる。この配座はねじれ型と呼ばれる。各配座のポテンシャルエネルギーは実験,理論の両方から見積もられ,エタンの場合,ねじれ型と重なり型とのエネルギー差は約2kcal/molである。二面角とポテンシャルエネルギーのプロット(図1-b)によって配座解析の結果をまとめることも多い。環式化合物たとえばシクロヘキサン環の反転は,単結合のまわりの回転の複合したものである。一方,3個の窒素原子に代表される,非共有電子対をもつ原子を含む化合物は室温で容易に反転する(図2)。窒素原子の反転によって起こるのは立体配置の反転である。しかし窒素原子の反転に対するエネルギー障壁は,単結合のまわりの回転に対する障壁と同様,室温においても分子が容易にのりこえられるため,環の反転や単結合のまわりの回転に加えて,窒素原子の反転の過程をも配座解析の対象に加えることが多い。
→シクロヘキサン
歴史
単結合のまわりの回転の可能性は,すでにJ.H.ファント・ホフによって指摘された(1875)。もし回転が束縛されているならば異性体数は観測されるより多いはずなので,ファント・ホフは回転は事実上自由である,と結論した。20世紀に入って,ビフェニルの2個のベンゼン環を結ぶ炭素-炭素結合の回転は,オルト位に多くの置換基をもつ場合には著しく束縛されることが見いだされた。1936年ころ,ピッツァーKenneth Sanborn Pitzer(1914-97)らは,統計力学に基づいたエタンのエントロピーとエンタルピーは,単結合のまわりの回転には約3kcal/molの障壁があると仮定しないと,実測値と計算値とのずれが大きいことを認めた。同じころ水島三一郎(1899-1983)は,ラマンおよび赤外吸収の分析によって,ハロゲン化エタンたとえば1,2-ジブロモエタンにはトランス型のほかにゴーシュ型も存在することを確かめた。シクロヘキサンの立体化学の研究,とくにハッセルOdd Hassel(1897-1981)の研究の展開によって,環の反転と単結合のまわりの回転が統一的に扱われるようになった。50年バートンDerek Harold Richard Barton(1918-98)は,ステロイド異性体の反応性の差の説明に配座解析の手法を導入した。この研究を契機として,有機化合物の配座を明らかにすることが,その反応を理解するのに大いに役立つことが明らかになった。これは有機化学が20世紀後半に爆発的発展をとげる決定的役割を果たした。
執筆者:竹内 敬人
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報