立体配置(読み)りったいはいち(英語表記)configuration

翻訳|configuration

日本大百科全書(ニッポニカ) 「立体配置」の意味・わかりやすい解説

立体配置
りったいはいち
configuration

分子の中にある不斉(ふせい)原子に結合している原子または原子団の空間的配列をいう。簡単な例をあげて説明すると、不斉原子とは、四つの異なる置換基をもつ炭素原子のように対称面も対称中心ももたない無対称な原子である。不斉原子が1個あると一対の光学対掌体(エナンチオ異性体)に相当する2種の立体配置があるので、不斉原子がn個あると立体配置の数は最大2n個になる。しかし、不斉原子に結合している原子または原子団が同じである場合には、2n個より少ない立体配置しかもたない。立体配置のそれぞれに対応する光学異性体が存在するので、立体配置の数と光学異性体(メソ体を含む)の数は等しくなる。図A不斉炭素原子2個をもつ酒石酸の立体配置を示す。立体配置を表示するには、炭素の原子価の「正四面体説」に基づいたフィッシャー投影式が用いられている。立体配置では炭素‐炭素単結合(C-C)の周りの回転は自由であるとみなし、立体配座の違いはいっさい区別せず、単結合の周りの回転では一致させることができない不斉原子上の原子(団)の配列の違いだけを区別している(図B)。

 光学対掌体の立体配置の違いを表示するのに、古くは旋光性の符号に基づく記号d右旋性dextro-rotatory)とl左旋性levo-rotatory)が用いられていたが、のちには糖またはアミノ酸の不斉炭素の周りの立体的配列に基づくDとLの符号が用いられるようになった。現在では、旋光性のdlを用いた表示はしだいに使われなくなり、右旋性は(+)、左旋性は(-)を化合物名の最先頭につけて表すようになった。旋光性は個々の不斉炭素原子だけが原因ではなく、分子全体の対称性が失われるとおこる現象である(分子が対称面、対称の中心、n回回映軸のいずれももたない場合に旋光性が現れる)ことが知られてきたので、不斉炭素原子がない不斉分子を含むすべての不斉分子が実際にとっている立体的な配列を基にして表示する立体配置の表示法が使われるようになった。これが国際純正・応用化学連合(IUPAC:International Union of Pure and Applied Chemistry)により推奨されているカーンRobert Sidney Cahn(1899―1981)、インゴルドプレローグによる「RS表示法」(3人の名前の頭文字をとって「CIP法」ともいわれる)である。この方法による立体配置は、不斉分子が実際にとっている立体的な配列により決められるので「絶対立体配置」といわれ、図Cに示した方法で、すべての不斉分子は(R)または(S)立体配置に帰属される。図Cでは、分子Xabcdで、不斉中心Xに結合している原子の順位がa>b>c>dである場合に、dを見る人より遠い側に置いたときのabcの配列が右回りであれば(R)、左回りであれば(S)と帰属することになる。原子の順位は「順位則」で決められ、大まかには置換基を構成する原子の原子量の順序と考えてよく、直接結合している原子が同種の場合には2番目に近い原子を比較することになる。この命名法で使われているRラテン語で右を意味するrectus、Sは同じく左を意味するsinisterに由来する。

 C=C二重結合などについての幾何異性体シス‐トランス異性体)も立体配置の違いとしてこの表記法により取り扱われている。

[廣田 穰 2016年11月18日]

『原田馨・日高人才著『新化学ライブラリー 立体化学』(1986・大日本図書)』『大木道則著『立体化学』第4版(2002・東京化学同人)』『David G. Morris著、石川勉訳『チュートリアル化学シリーズ2 立体化学の基礎』(2003・化学同人)』


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改訂新版 世界大百科事典 「立体配置」の意味・わかりやすい解説

立体配置 (りったいはいち)
steric configuration

狭い意味では不斉炭素原子(または炭素以外の不斉原子)に結合した4個の互いに異なる原子または原子団の配列のしかたをいう。不斉炭素原子1個をもつ化合物(たとえば乳酸)には2種の異なる立体配置があり,異なる立体配置をもつ化合物は互いに立体異性の関係にある(図1)。これらは互いに対掌体,またはエナンチオ異性体(エナンチオマー)であるといわれる。一般に不斉炭素原子n個をもつ化合物には最大2n個の立体異性体が存在しうる。たとえばグルコースには4個の不斉炭素原子があり,24=16種の立体異性体が存在しうる。これらのすべてが知られており,炭素正四面体説の有力な根拠になった。立体配置は炭素-炭素単結合の間の自由回転が可能であるという前提のもとでの立体構造であって,単結合のまわりの回転が束縛された結果生じる立体異性すなわち立体配座と区別される。新しい定義によると,立体異性体A,Bの相互変換のエネルギー障壁が高く,室温では変換が起こらないような場合,AとBは配置異性体であるのに対して,室温でも相互変換が起こりうるほどエネルギー障壁が低い場合,両者は配座異性体である。なお,配置異性と配座異性を分けるエネルギー障壁はおよそ100kJ/mol(25kcal/mol)である。この定義によると,幾何異性は配置異性である。立体異性体A,Bを区別,命名する立体化学命名法は歴史的な理由で2通りに大別される。

分子の立体構造を直接観察する方法がなかった19世紀末~20世紀初めの時点では,化学者はたとえ2種の立体異性体を光学分割しえたとしても,どちらがどちらの構造に対応するのかを判断するすべはなかった。20世紀初め,ウォールA.WohlとフロイデンベルクKarl Freudenberg(1886- )は,E.フィッシャーの提案に基づき,相対立体配置の考え方を定義した。二つの化合物が不斉中心原子の関与する結合を切ることなく,あるいは結合が切れても反転が伴うことなく,化学的に相互変換が可能であれば(少なくとも原理的には),両者は同じ相対立体配置をもつ。たとえば(-)-2-メチル-1-ブタノール(左旋性)を酸化すると右旋性の(+)-2-メチル酪酸が得られる。旋光性の符号は異なるが,両者の相対立体配置は等しい。相対立体配置の基準として,最も簡単な糖であるグリセルアルデヒドが選ばれ(図2),右旋性の(+)-グリセルアルデヒドは図2-aの立体構造をもつと仮定された。またこの立体配置はD-型,対掌体の立体配置はL-型と定義された。この定義によると図1-aの相対立体配置はD-型となる。一方,D-(+)-グリセルアルデヒドから(-)-乳酸が得られるから,図の二つの乳酸はそれぞれD-(-)-乳酸(図1-a),L-(+)-乳酸(図1-b)となる。このように旋光性の符号と相対立体配置の符号は相関しない。

相対立体配置は立体構造の整理に有用で,とくに糖類の化学の進歩に及ぼした影響は大きかった。しかし,相対立体配置にはいくつかの難点があった。糖類のように,その構造が基本的にグリセルアルデヒドに類似している化合物では問題は少ないが,グリセルアルデヒドと構造上の類似が少ない化合物では,相対立体配置を一義的に定義しえなかった。これらの困難は1951年バイフートJ.M.BijvoetがX線異常散乱によって酒石酸ナトリウムルビジウムの立体配置を決定することにより解決した。このように直接観察によって決められた立体配置を絶対立体配置という。幸いにして,相対立体配置と絶対立体配置は一致した。

相対立体配置におけるD,L命名法に対応する命名法が絶対立体配置にも必要であることは,早くも1950年代後半にイギリスのカーンRobert Sydney Cahn,インゴルドChristopher Kelk Ingold,スイスのプレログVladinir Prelogらによって指摘された。56年,彼らはRS表示と呼ばれる新しい立体化学命名法の基本を提案した。それによると不斉炭素原子に結合した4個の原子または原子団に順位規則によって順位を与える。すなわち,まず不斉炭素原子に直接結合した原子の原子番号の大小で順位をつける。優劣がつかない場合は,その原子に結合した原子の数と原子番号の大小で順位をつける。4種の原子または原子団をL,M,S,s(優先順位をL>M>S>s)とし,図3のようにsを目から最も遠い位置においてL→M→Sとたどった軌跡が右まわりの円をなすときR配置,左まわりのときはS配置と定義する。この命名法によるとD-(+)-グリセルアルデヒドはR配置をもつ。まぎらわしさがないため,RS表示は急速に普及して現在に至っている。しかし20世紀前半に書かれた論文にはD,L表示が広く用いられているので,実際には両方の表示法が必要である。
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「立体配置」の意味・わかりやすい解説

立体配置
りったいはいち
configuration

構造式とは異なり,有機化合物の原子配列を立体的に表わした表示法をいう。 たとえばメタンは図(左)のように炭素原子を中心とする正四面体構造で表わされる。原子価角∠HCHは計算値では109°28′となり,多くの有機化合物で実測値もこれに近い。ベンゼン,ブタジエンなど共役二重結合系の化合物以外は多くの場合,三次元原子配置をとる。そのうち不斉炭素原子を有するものは光学活性をもち,立体配置の差によって光学異性体を生じるので,この表示法は重要である。たとえば,乳酸は図(中)のように表わされる。この式はメチル基を上にした場合に不斉炭素原子(*印)に対して水酸基が向って右側に位置していることを表わしている。 すなわち,この式は不斉炭素原子を中心とする四面体図の投影として扱うべきもので,この式を画面に対して反転したものは,この化合物の光学異性体を表わすことになる。 立体配置の考え方は 1874年 J.H.ファントホフ,J.A.ル・ベルによって提出された。当時は分子内の原子の真の配置は証明できなかったので,相対的立体配置として表示された (→D系列 ) 。その後,X線回折法などによって真の配置が解明されるようになり,これを絶対配置と呼ぶようになった。 有機化学では立体配置を図(右)のように表わすことがある。点線は四面体内での画面の後方の位置を表わし,楔は画面の前方を表わす。

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化学辞典 第2版 「立体配置」の解説

立体配置
リッタイハイチ
configuration

分子のなかの原子または原子団の空間的配置をいう.たとえば,D-乳酸とL-乳酸とは,不斉炭素原子のまわりの立体配置の異なる異性体である.また,シス-トランス異性体は,二重結合あるいは環についている原子や原子団の空間的配置を異にする異性体である.一般に,立体異性の関係にある二つの化合物では立体配置が異なり,一方から他方へかえるためには,結合をいったん切って,またつけかえる必要がある.

出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報

栄養・生化学辞典 「立体配置」の解説

立体配置

 分子内原子の空間的配置.中でも,光学異性体とシス-トランス異性体の異性を示す原子,原子団の空間配置.

出典 朝倉書店栄養・生化学辞典について 情報

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