魚貝類,野菜,海藻などを材料にして,合せ酢をかけたり,あえたりする料理。古代から行われていた膾(なます)から分化して,室町時代以降〈酢あえ〉〈あえまぜ〉〈酒浸(さかびて)〉などと呼ばれていた料理を包括した呼称で,料理書では《料理早指南》第4編(1804)などに見えるが,一般ではより古くから使われていた言葉のようで,尾張藩士朝日重章の《鸚鵡籠中記(おうむろうちゆうき)》元禄13年(1700)8月14日条に〈醋物〉と見えている。ちなみに,〈酢あえ〉は野菜その他の精進物,〈あえまぜ〉は干魚などを材料とした場合の呼称で,〈酒浸〉は鮮魚をおろしてただちに酒に浸して鮮度の低下を防ぎ,供する直前に酒から出して膾にしたものをいった。酢の物は,キュウリもみや酢ガキのように材料を単品で用いることも,また数種とり合わせて用いることもある。魚貝類では,カキ,ナマコ,イカなどは生のまま,アジ,サバなどは塩でしめてから,オコゼ,コチ,アンコウなどは熱湯をくぐらせてから,エビ,カニ,タコなどは十分火を通してから使うことが多い。野菜は塩もみするか,軽くゆでて使う。合せ酢は,材料の持味を生かすために酢と塩を合わせるのが基本となるが,糖分を加えることもある。二杯酢は酢としょうゆを容量で1:1,三杯酢は酢としょうゆと砂糖を1:1:1/2,甘酢はこの割合を3:1:3にするものが標準であるが,いずれもそれだけでは味が濃すぎるので出汁で割って使うことが多い。貝類は甘みのないさっぱりした酸味がおいしいので二杯酢がよく,魚類はやや甘みのある三杯酢を用いる場合もある。甘酢はショウガやカブ,れんこんの甘酢漬などに用いる。基本的な合せ酢のほか,使用目的に合わせて変化をつけたものも多い。すりゴマ,ケシの実を加えるゴマ酢やケシ酢,ダイコンをおろし入れるみぞれ酢,ときがらしで風味をつけるからし酢,梅干しを裏ごしにして入れる梅肉酢,卵黄を加えて加熱し,どろりと仕上げる黄味酢,葛粉を加えてとろみをつけた三杯酢は吉野酢とよぶ。酢の物の要点は,でき上がりの水っぽさを防ぐために,材料を塩でしめ,あるいはゆでるなどしたあと酢洗いしてから,合せ酢と合わせることである。また,米酢などの醸造酢を用い,これにダイダイ,ユズ,スダチなどの果汁をしぼりこむと風味が増す。
執筆者:松本 仲子
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
魚貝類、野菜、海藻類、果物などに調味酢を加えた料理をいう。酸味は、古代では主として果実または材料そのものを自然発酵させてつくっていた。酢の物の材料として、鳥類では鶏肉が多く用いられ、魚貝類ではタイ、ヒラメ、タラ、アジ、イワシ、カラスガイ、ハマグリ、カキ、アカガイ、アサリなどが使われる。甲殻類ではエビ、カニ、軟体動物ではイカ、タコ、野菜類ではダイコン、ニンジン、小カブ、蓮根(れんこん)、キュウリ、シロウリ、トマト、ハクサイ、レタス、ウド、ネギ、ワケギ、海藻ではワカメが多く使われる。二杯酢(生酢(きず)にしょうゆ、塩を加えたもの)、三杯酢(二杯酢に砂糖と酒、またはみりんを加えたもの)、甘酢(みりんを全体の4割分煮つめ、それと同量の酢を加えたもの)などの調味酢を、材料に応じて用いる。さらに旨(うま)酢(甘酢にかつお節のだしを加える)、吉野酢(甘酢に葛(くず)またはかたくり粉を加える)、緑(みどり)酢(キュウリの緑の部分をおろし、塩を加えて旨酢とあわせる)、黄身酢(吉野酢に卵黄を加える。白身魚、カニなどに適する)、ごま酢(吉野酢にごまのすったものを加える)、絹酢(吉野酢にすった豆腐を混ぜたもので精進和(あ)えに適する)など、いろいろな調味酢が用いられる。
[多田鉄之助]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…刺身がなますから分化するのは室町中期ごろのことで,細切りのものを合せ酢であえた物をなます,なますよりも大きく切り,タデ酢,ショウガ酢,煎酒(いりざけ)などの調味料を別器で添えるのを刺身と呼ぶようになった。現在では酢の物の呼称が一般的で,なますの名はわずかにダイコンとニンジンのせん切りを材料とする紅白なます,それに干柿を加えた柿なますなどに残るだけとなった。また,地方によってはアジなどの肉をみそとともにミンチ状にたたいたものを沖なます,たたきなますと呼ぶこともある。…
※「酢の物」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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