作家、詩人。群馬県高崎市生まれ。2歳年長の姉久美子(1945― )は後に画家となり、妹の多くの作品の挿画や装丁を手がけることになるが、この姉とともに幼少の頃より高崎市内の映画館を巡る。小学6年生の時、「作家以外のものにはならないと思い込んだ」。ヌーベル・バーグの映画に衝撃を受けた中学時代を経て、県立高崎女子高校在学中には石川淳や坂口安吾を愛読し、さらに現代詩に惹(ひ)かれて天沢退二郎らの同人詩誌『凶区』を定期購読、また欧米の新しい文学の翻訳に触れる一方、当時の前衛美術の展覧会や前衛音楽のコンサートに通う日々を過ごす。そんな日々を引き延ばすため、石川淳らが選考委員を務める太宰治賞に投稿した「愛の生活」が、『展望』1967年(昭和42)8月号に掲載、またそれに先立って投稿作が掲載(同年5、6月号)されていた『現代詩手帖』では、同年暮れに『現代詩手帖』賞を受賞(翌年1月号で発表)。以後、新人作家として各誌に短編小説を発表する一方、『現代詩手帖』や『凶区』(68年7月より同人)に詩作品を発表、また文学論、美術論なども手がけた。68年、第一小説集『愛の生活』、71年、第一詩集『マダム・ジュジュの家』刊。ただし、詩人としての活動は73年の『春の画の館』によって事実上終わり、10年後の『花火』(1983)で一時的に復活するのみである。
即興的な構成がヌーベル・バーグ的なリズムを生み出している『愛の生活』以来、金井美恵子の作品群はある軽さの印象をつねに与えてきたといってよい。それは日本近代小説の伝統からすればいとわしい軽薄さと映ったわけで、そうした伝統の外にあり、文芸誌への軽蔑によって特徴づけられる当時の前衛芸術(詩、演劇、絵画、舞踏等)の側からは一定の評価を受ける一方、とりわけデビュー以降70年代の全体を通して、彼女の小説作品は――作家の意に反し――「女流」の「詩人」による小説という二重の特殊性のもとでのみ受容されることになった。『夢の時間』(1970。表題作により芥川賞候補)から『プラトン的恋愛』(1979。泉鏡花文学賞)へと書き継がれた70年代の短編集では、ルイス・キャロルやピエール・ド・マンディアルグ、ブランショやボルヘスからの影響が混ざり合い、書くことの不可能性や作者の死といった文学的問題が、しばしば残酷な童話的モチーフを伴いながら、ほとんどエロティックな体験として生きられている。74年に刊行された初の長編『岸辺のない海』は、これまで短編としても短めな紙幅のうちに簡潔に書きとめられていたにすぎないそうした体験を数百ページにわたって繰り延べ、際限ないものと思われる持続の中で新たに生きなおそうとする試みであった。続く連作短編集『単語集』(1979)、『くずれる水』(1981)では、ロブ・グリエを思わせる同一のモチーフやフレーズの反復を通して、身元の不確かな、しかしそれゆえにいっそう生々しい感覚が表現されている。同時代の多くの書き手の文章からの引用を皮肉に散りばめた『文章教室』(1985)に始まり、『タマや』(1987。女流文学賞)、『小春日和』(1988)、『道化師の恋』(1990)と続く通称「目白四部作」は、現代の風俗的な細部の大がかりな導入と気の利いた風刺性とによって読者層を大きく広げることに寄与したが、その延長線上で谷崎潤一郎を意識しつつ「風俗小説」として書かれた『恋愛太平記』(1995)を構成するきわめて息の長い文章は、しかし、『柔らかい土をふんで、』(1997)という「畸形の小説」を生み出すこととなった。そこでは、愛の物語とそれを取り巻く環境とが徹底した断片化を被ったうえで、数ページにわたって、それも主語のしばしば不分明なままに続く長大なセンテンスのうちに溶かし込まれ、その読みがたさそれ自体を通して、ときに苦痛と混じり合うある官能的な感覚が提示されている。その後、郊外の中古マンションに住む専業主婦の、深みを欠いた日々に訪れる希薄な心の揺れ動きを描いた『軽いめまい』(1997)、『小春日和』の続編『彼女(たち)について私の知っている二、三の事柄』(2000)、1950年代の地方都市で過ごされた少女時代の数日をめぐり、語り手の過剰に執拗な回想が展開する『噂の娘』(2002)を発表している。
これら小説作品のほか、『書くことのはじまりにむかって』(1978)、『言葉と〈ずれ〉』(1983)、『重箱のすみ』(1998)など多くの評論・エッセイ集、さらに映画論集『映画、柔らかい肌』(1983)、『愉(たの)しみはTVの彼方に』(1994)、『柔らかい土をふんで、』執筆の機縁となった「ジャン・ルノワールの映画についての覚え書」(1987~88。『リュミエール』)、絵本『ノミ、サーカスへゆく』(2001。絵・金井久美子)などがある。
[片岡大右]
『『マダム・ジュジュの家』(1971・思潮社)』▽『『岸辺のない海』(1974・中央公論社)』▽『『くずれる水』(1981・集英社)』▽『『花火』(1983・書肆山田)』▽『『言葉と〈ずれ〉』(1983・中央公論社)』▽『『映画、柔らかい肌』(1983・河出書房新社)』▽『『金井美恵子全短編』1~3(1992・日本文芸社)』▽『『愉しみはTVの彼方に』(1994・中央公論社)』▽『『柔らかい土をふんで、』(1997・河出書房新社)』▽『『重箱のすみ』(1998・講談社)』▽『『彼女(たち)について私の知っている二、三の事柄』(2000・朝日新聞社)』▽『『ノミ、サーカスへゆく』(2001・角川春樹事務所)』▽『『噂の娘』(2002・講談社)』▽『『愛の生活』(講談社文芸文庫)』▽『『春の画の館』『プラトン的恋愛』『単語集』『軽いめまい』(講談社文庫)』▽『『夢の時間』(新潮文庫)』▽『『文章教室』『タマや』『小春日和』『道化師の恋』(河出文庫)』▽『『恋愛太平記』(集英社文庫)』▽『『書くことのはじまりにむかって』(中公文庫)』▽『『金井美恵子詩集』(現代詩文庫)』▽『「ジャン・ルノワールの映画についての覚え書」(『リュミエール』、1987~88・筑摩書房)』
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
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