フランスの小説家。ブレストに生まれる。国立農業専門学校在学中、占領ドイツ軍に徴用され、ニュルンベルクの工場で工員として働く。卒業後、農業技師としてフランス領西インド諸島などに滞在。その間『弑逆者(しいぎゃくしゃ)』を書いたが、1978年まで発表されなかった。最初に発表した『消しゴム』(1953)でフェネオン賞、『覗(のぞ)くひと』(1955)で批評家賞を受賞。中性的な文体による事物の徹底的な視覚描写の技法が注目されたが、反発も多く、ことに『嫉妬(しっと)』(1957)で総攻撃されたので、のちに『新しい小説のために』(1964)所収の論争的評論を相次いで発表、クロード・シモン、ミシェル・ビュトール、ナタリー・サロートらのヌーボー・ロマン(新小説)の代弁者となった。『迷路のなかで』(1959)で、描写の連鎖だけでめくるめく主観性の表現に成功し、さらに『快楽の館(やかた)』(1965)や『ニューヨーク革命計画』(1970)では、香港(ホンコン)やニューヨークのもっとも今日的な風俗を素材に、イメージや挿話の自己増殖という方法で物語の直線的構造を完全に破壊した。『幻影都市のトポロジー』(1976)では既発表の雑文のモザイク、『囚(とら)われの美女』(1975)ではルネ・マグリットの絵画からの連想、『ジン』(1981)ではアメリカ向け訳読教科書の形で、さらに奔放で幻惑的な小説を書く。
他方、アラン・レネの映画『去年マリエンバートで』(1961)のシナリオを執筆してから、自らメガホンをとり、『不滅の女』(1963)以後、『快楽の漸進的横滑り』(1973)を経て、『囚われの美女』(1983)に至る計8本の映画を監督した。さらに『狂気を呼ぶ音』(1995)を製作し、2002年にはシネロマン(映画用原作)『グラディーヴァが君を呼ぶ』を発表した。これはまだ映画化されていないが、虚構空間探索の技術の開発というテーマは、これらの映画にも共通している。
1980年代の私回帰の風潮に呼応して、総題を『ロマネスク』とする自伝的回想録『戻ってきた鏡』(1985)、『アンジェリック、もしくは蠱惑(こわく)』(1988)、『コラント伯爵の最期(さいご)』(1994)の3巻を発表したが、作中で活躍するコラント伯爵やアンジェリックは架空の人物であるから、これは回想録の形をとった自伝であると同時にフィクションであり文学論である。2001年に久しぶりの小説『反復』と評論・対談集『旅人』を発表した。
[平岡篤頼]
『平岡篤頼訳『新しい小説のために』(1969・新潮社)』▽『平岡篤頼訳『ニューヨーク革命計画』(1972・新潮社)』▽『平岡篤頼訳『快楽の漸進的横滑り』(1977・新潮社)』▽『平岡篤頼訳『秘密の部屋 ギュスターヴ・モローに捧げる』(『フランス幻想小説傑作集』所収・1985・白水社)』▽『平岡篤頼訳『ジン』(『集英社ギャラリー 世界の文学9 フランス4』所収・1990・集英社)』▽『平岡篤頼訳『弑逆者』(1991・白水社)』▽『平岡篤頼訳『反復』(2004・白水社)』▽『平岡篤頼訳『迷路のなかで』(講談社文芸文庫)』▽『天沢退二郎・蓮實重彦訳『去年マリエンバートで・不滅の女』(1969・筑摩書房)』▽『若林真訳『快楽の館』(1969・河出書房新社)』▽『白井浩司訳『嫉妬』(1972・新潮社)』▽『中村真一郎訳『消しゴム』(1978・河出書房新社)』▽『江中直紀訳『幻影都市のトポロジー』(1979・新潮社)』▽『望月芳郎訳『覗くひと』(講談社文芸文庫)』▽『オルガ・ベルナール著、金井裕訳『ロブ=グリエ論――不在の小説』(1971・審美社)』▽『浜田明著『ロブ=グリエの小説美学――「ル・ヴォワユール」を中心に』(1978・牧神社)』▽『中谷拓士著『反レアリスム論――ロブ=グリエをめぐって』(1985・創元社)』▽『奥純著『アラン・ロブ=グリエの小説』(2000・関西大学出版部)』
フランスの作家。ブレストに生まれる。国立農業専門学校を卒業後,農業技師としてフランス領植民地を回ったが,1949年に処女作《弑逆(しいぎやく)者》(1978)を書く。その後《消しゴム》(1953),《覗く人》(1955),《嫉妬》(1957),《迷路のなかで》(1959)を発表して,事物の視覚的描写に徹する無機的な作風が話題を呼び,賛否相半ばしたが,同時に《新しい小説のために》(1963)に収録された論争的評論で伝統的リアリズム小説を攻撃し,いわゆるヌーボー・ロマンの代弁者となった。その論の根底にあるのは世界と人間とのカフカ的な断絶の確認だが,ルーセルの影響を受けた彼の小説には,形而上学的な思い入れを排した表層のゲーム的構成も認められる。《快楽の館》(1965),《ニューヨーク革命計画》(1970),《幻影都市のトポロジー》(1976)では,後者の傾向がいっそう顕著となる。脱線が筋を混乱させ,人物が操り人形化し,《ジン》(1981)に至ってはルイス・キャロル的ノンセンス文学に到達している。彼がシナリオを書き,アラン・レネが監督した《去年マリエンバートで》(1961)の成功以来,自らメガホンをとって《快楽の漸進的横滑り》(1973)など8本の映画を監督制作した経験が,相互作用的に小説をも変えていったらしいが,やがて登場するフランスの新しい哲学者たちの言語観を予告した点でも,サルトル,カミュ以後最も注目すべき作家である。
執筆者:平岡 篤頼
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…こうした傾向を集約した人間学の新しい理論として登場したのが,フロイトの精神分析学であるが,それと呼応するかのように,プルーストは畢生の大作《失われた時を求めて》(1913‐27)で,〈私〉の独白に始まる自伝的回想が,そのまま写実的な一時代の風俗の壁画でもある空間を創造して,心理小説に終止符を打った。人物や家屋や家具の純粋に視覚的な描写の連続のしかたが,そのまま観察者=話者である主人公の嫉妬の情念の形象化でもあるようなロブ・グリエの《嫉妬》(1957)は,プルーストの方法をいっそうつきつめた成果であるが,その先駆者は《ボバリー夫人》(1857)のフローベールにほかならない。 この観点からすると,どんなに写実的であろうと,すべての小説は心理小説であるという逆説も成り立つ。…
※「ロブグリエ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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