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鈴木春山 スズキシュンザン

デジタル大辞泉の解説

すずき‐しゅんざん【鈴木春山】

[1801~1846]江戸末期の医師・兵学者。三河の人。名は強。長崎で西洋医学を学び、また西洋兵学を研究し、国防の急務を説いた。著「三兵活法」「海上攻守略説」「西洋兵制」など。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

鈴木春山 すずき-しゅんさん

1801-1846 江戸時代後期の蘭方医,兵法家。
享和元年生まれ。三河(愛知県)田原藩医,藩校成章館教授。文政3年長崎に遊学。江戸にでて渡辺崋山(かざん),高野長英らと親交をむすぶ。晩年西洋兵書の訳述に専念した。弘化(こうか)3年閏(うるう)5月10日死去。46歳。名は強。字(あざな)は自強。号は童浦。訳書に「兵学小識」「海上攻守略説」「三兵活法」。

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朝日日本歴史人物事典の解説

鈴木春山

没年:弘化3.5.10(1846.6.3)
生年:享和1(1801)
江戸後期の蘭方医,兵学者。諱は強,字は自強,通称は春二郎(咸宜園の入門記帳名),春山。号は童浦。三河国(愛知県)田原藩医の父玄通の庶子。生母の園は東本願寺の熱狂的な信者(妙好人)。文化11(1814)年岡崎の浅井朝山に医を習い,その後江戸に出て朝川善庵に漢学を習う。文政9(1826)年から同11年まで長崎留学,このとき,オランダ語学習の可能性がある。同11年帰途に豊後日田の咸宜園広瀬淡窓に入門し,広瀬旭荘を知る。帰国後の同12年嫡子願いが受理された。翌13年三宅友信の江戸巣鴨邸で渡辺崋山と初対面。天保6(1835)年の江戸滞在中に崋山を盟主とする蘭学研究者と交わり,高野長英と三兵戦術書『兵学小識』の共訳もある。独自には『三兵活法』(1846訳),『海上攻守略説』(翻訳年未詳)がある。蛮社の獄(1839)が起きると崋山救援活動に奔走し,田原蟄居後の崋山を慰め,崋山没後は江戸詰となった。江戸の居所は築地門跡手前中通りの幕府奥医師桂川甫周屋敷。時代の要請で兵学研究・翻訳に没頭したが,コレラにかかり死亡。蘭学者仲間内では春山蔵書の帰趨に関心が寄せられていた。<参考文献>森銑三『学芸史上の人々』,佐藤昌介『洋学史研究序説』,杉浦明平『崋山探索』

(岩崎鐵志)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

世界大百科事典 第2版の解説

すずきしゅんさん【鈴木春山】

1801‐46(享和1‐弘化3)
江戸末期の医師,兵学者。名は強。田原藩医。幼いころ岡崎の医師浅井朝山に学ぶ。1826年(文政9)から3年間九州を遊歴し,広瀬淡窓の咸宜園に入塾。帰国後藩校教授を兼ねた。35年(天保6)出府して同藩の渡辺崋山と交わり,高野長英にオランダ語を学んだ。アヘン戦争の衝撃で西洋兵学の研究を志し,そのころ脱獄した長英を江戸麻布の裏店に潜伏させて,兵書翻訳を助けさせた。訳著書に《兵学小識》《三兵活法》などがある。

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大辞林 第三版の解説

すずきしゅんざん【鈴木春山】

1801~1846) 江戸末期の蘭医・兵学者。三河田原藩医。長崎で西洋医学を修め、渡辺崋山・高野長英らと交わる。兵学書を多く著し、国防の急務を説いた。著「三兵活法」「海上攻守略説」など。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

鈴木春山
すずきしゅんさん
(1801―1846)

江戸後期の兵学者。名は強、通称俊三郎のち春山、童浦と号す。三河田原(たはら)藩の藩医の家に生まれ、初めは医学、ついで儒学を修めた。1826年(文政9)九州方面を遊歴し、帰国後30年(天保1)藩主三宅康直の侍講となり、35年藩主に随行して出府、同郷の渡辺崋山(かざん)と親交を結び、高野長英ら蘭学者と相識り、国防意識を強めた。41年出府してアヘン戦争の勃発を知り、断然医を廃して西洋兵学の研究に専念し、ブラントの三兵戦術書の蘭訳(らんやく)本などの訳述中に急逝した。
 日本最初の三兵戦術の紹介書『兵学小識』(1844)、遺著となった『三兵活法』(未完、門人藤井静加校、1855刊)および『海上攻守略説』(年次不明)の3種が有名である。[渡邉一郎]
『佐藤堅司編『鈴木春山兵学全集』上中下(1937・八絋会)』

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世界大百科事典内の鈴木春山の言及

【三兵答古知幾】より

…原典はプロイセンの陸軍将校ブラントの三兵戦術書の蘭訳本で,〈答古知幾〉はオランダ語の戦術taktiekの音訳。44年に脱獄して,田原藩医鈴木春山の庇護の下に江戸市中に潜伏中の長英が,春山の没後,彼の遺志を継いで翻訳を完成した。これにより歩・騎・砲の3兵科の共同による三兵戦術の体系がはじめて日本に紹介された。…

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