1922年製作のフランス映画。日本公開は1926年。映画を〈光と影の交響楽〉と定義したアベル・ガンス監督のサイレント時代の名作の1本で,〈黒の交響楽〉と〈白の交響楽〉の2部構成になっている。第1部は主人公の老機関手が養女に失恋して絶望のあまり機関車を車止めに激突させるまで,第2部は盲人になった彼の後半生を描く。とくに驀進(ばくしん)する機関車の転覆シーンの加速度的モンタージュ(疾走する機関車,線路,風景,機関士などがしだいに短く速くなっていくカットで交互にとらえられ,刻一刻と破局に向かって加速度を増していく)は日本では〈フラッシュ・バック〉と呼ばれ,強烈な刺激となった(青年時代の黒沢明などもこの映画を見て映画監督を志す一つのきっかけになったという)。飯島正によれば,このガンスが創始した〈映画的リズム〉はアレクサンドル・ボルコフ監督《キイン》(1923)に影響を与え,それが日本には早く伝わり(1925),時代劇のチャンバラ場面に大きな影響を与えたという。
執筆者:広岡 勉
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フランスのサイレント映画。1922年に完成したが、長すぎるため幾度か手直しされ、24年に大幅に短縮して一般公開された。26年(大正15)日本公開。脚本・監督アベル・ガンス。主演はセブラン・マルス、イビ・クローズ。機関士シジフは孤児ノルマを引き取るが、美しく成長した彼女に息子エリーともども心をひかれる。だがノルマはほかの男と結婚して2人のもとを去ってしまい、シジフは失明も重なって、絶望のあまり機関車を車止めに衝突させ転覆させてしまう。やがて雪深いアルプスの山中でノルマと再会するが、老いたシジフは孤独のうちに息を引き取る。第一部「黒の交響楽」、第二部「白の交響楽」と題され、映画を視覚的交響楽とみるガンスの所論を実践した作品で、当時のフランスにおけるフォトジェニー論、リズム論の代表作となった。シジフが機関車を衝突させるシーンは、驀進(ばくしん)する機関車のメカニックなリズムとシジフの内面的な葛藤(かっとう)とが、フラッシュ・バックとよばれる短いショットの交錯によって描かれていることで有名で、その後の映画に大きな影響を与えた。
[村山匡一郎]
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…パリに生まれパリで死去。《戦争と平和》(1919),《鉄路の白薔薇》(1923),《ナポレオン》(1927)の3巨編でサイレント映画の歴史に不滅の足跡を残し,〈映画におけるビクトル・ユゴー〉とも〈ヨーロッパのD.W.グリフィス〉とも呼ばれた。《戦争と平和》《鉄路の白薔薇》では32コマ(サイレント映写で2秒)から1コマまでの極端に短く刻んだカットを編集してせん光のような効果を出し,〈観客と映画とが一体となって興奮する一種発作的感情の激発〉(飯島正)をあおる〈フラッシュ・カッティング〉の技法を創始した。…
…戦後の混乱したドイツに生まれた〈表現主義〉の映画《カリガリ博士》(1919)が世界の注目を浴びたころ,ドイツの哲学者コンラート・ランゲは《現在および未来における映画》(1920)の中で,芸術は〈静〉で〈動〉を表現するというイリュージョンで成り立つものであるから,映画が〈動く画面〉を基礎とするかぎり芸術とは無縁であると映画の芸術性を否定したが,20年代を通じて世界の各国で〈サイレント映画〉の芸術性が追究された。例えばフランスでは,アベル・ガンスが《鉄路の白薔薇》(1923)をつくり,グリフィスのモンタージュを視覚的なリズムによる心理的なモンタージュに発展させ,カール・ドライヤーは《裁かるるジャンヌ》(1928)で大胆なカメラアングルと,クローズアップを最大限に活用したモンタージュでそれまでの常識を破り,〈サイレント映画〉形式の一つの頂点を示した。また,ドイツ映画の黄金時代(古典時代)を代表するフリードリヒ・W.ムルナウの《最後の人》(1925)は,文学的な借物であるタイトル(字幕)を排除し,カメラを自由奔放に駆使して映画以外の手段では不可能な映画的表現を開拓した。…
※「鉄路の白薔薇」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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