改訂新版 世界大百科事典 「長谷雄卿草紙」の意味・わかりやすい解説
長谷雄卿草紙 (はせおきょうぞうし)
平安初期の著名な文人,紀長谷雄(きのはせお)を主人公とする怪異な説話を,詞・絵5段に描いた14世紀前半ころの絵巻物。永青文庫蔵。内容は,長谷雄が朱雀門に棲む鬼と双六を争って勝ち,その賭け物として美女を得たが,鬼との誓いを破って百日の期日の満たぬうちに女と契りを結ぶ。すると女はたちまち水となって流れ去ってしまった。この美女は鬼が女の死体の美しいところだけを集めてつくり出したもので,百日たてば真の人間になるはずであったという。その後長谷雄は路上で鬼に責められるが,北野天神を念じて鬼を退散させるところまでを描く。同様な説話は,1270年(文永7)唐楽舞師狛朝葛(こまあさかつ)(1249-1333)撰《続教訓抄》にもみられ,この絵巻も何らかの古い伝承にもとづいたものと考えられる。絵の各段は物語の筋を忠実にたどって進むが,いずれも単純な画面構成の中に大柄な人物を配した単調な描写に終始し,人物描写においてもいささか卑近な容貌など通俗化した表現で雅趣に乏しい。絵巻としては古様な表現を受け継いだ鎌倉時代末期の制作であろう。
執筆者:田口 栄一
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報