平安前期の詩人,文章博士。紀納言または紀家とも呼ぶ。唐名は発昭。淑望(よしもち)は長子。はじめ大蔵善行の門に入り,のち菅原道真の門に学ぶ。対策に及第し文章博士,大学頭となり,《漢書》《文選》等を進講,右大弁に任じ《群書治要》を進講。遣唐副使に任ぜられたが,遣唐使廃止のため派遣停止。道真左遷後参議,中納言に進み,《延喜格》の編集にもかかわり,912年68歳で没した。延喜以後島田忠臣,小野美材(よしき),道真が相ついで死去したのちの詩壇の権威として認められつつも,その人柄は律儀,慎重で才気をつつんで無事の生涯を送った。彼の詩や散文は《扶桑集》《本朝文粋》《朝野群載》などに散見するが,まとまった家集としては《紀家集》巻十四の1巻のみが宮内庁に残存するほか,《長谷雄卿集》2帖,《紀氏家集》3巻など存したが今は伝わらない。その詩は〈元白(元稹(げんじん)・白楽天)の再生〉とも道真に推賞されているが,《本朝文粋》所収の越調〈山家秋歌八首〉などに見られるように,大陸の新文学形式に敏感に反応した試作に注目すべきである。散文では多くの詩序,上表文等における伝統的な四六文体の美文とともに,《雲林院子日行幸記》など一連の記類における日本化した漢文体の開拓に果たした役割も見のがせない。
執筆者:川口 久雄
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平安前期の漢学者、漢詩人。15歳で大学に入学し都良香(みやこのよしか)に師事した。876年(貞観18)に文章生(もんじょうしょう)に補され、翌年、長く不遇であった良香の門を離れ菅原道真(すがわらのみちざね)の私塾に入門。883年(元慶7)文章得業生(とくごうしょう)試(対策)及第。文章博士(はかせ)、式部少輔(しきぶのしょう)などの儒職を歴任し、894年(寛平6)には道真(大使)とともに遣唐副使に任じられた。のち参議を経て911年(延喜11)中納言従三位(ちゅうなごんじゅさんみ)となり、紀納言とよばれた。9世紀後半以来顕在化する学者文人間の対立抗争のなかで、孤立化する詩人派にくみし、その総帥であった道真に高く詩才を認められ、またそのもっともよき理解者でもあった。『白箸翁(はくちょおう)』『白石先生伝』のような神仙・隠逸的傾向の強い著作に特色をみせる一方、さまざまな様式の作詩を意欲的に試みるなど、その文学的活動は多彩であった。詩文集『紀家集』の古写断簡を遺存するほか100編近い詩文を伝える。のち、怪異説話の主人公とされ、絵巻『長谷雄卿草紙』のほか、『江談抄(ごうだんしょう)』『今昔(こんじゃく)物語集』などに多くの説話が伝えられる。
[渡辺秀夫]
『川口久雄著『3訂 平安朝日本漢文学史の研究 上』(1975・明治書院)』
(瀧浪貞子)
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845~912.2.10
平安前・中期の公卿・文人。貞範(さだのり)の子。字は寛。紀納言と称される。名は発昭。図書頭・文章博士(もんじょうはかせ)・大学頭などをへて,902年(延喜2)参議,911年中納言に進んだ。最高位は従三位。醍醐天皇の侍読(じとう)。都良香(みやこのよしか)や菅原道真に師事し,「菅家後集(かんけこうしゅう)」の編纂にたずさわったほか,自詩文集に「紀家集(きかしゅう)」がある。和歌も「後撰集」に入集。「長谷雄卿草紙」「江談抄(ごうだんしょう)」「今昔物語集」に彼にかかわる説話がみえる。
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…兼明や順に見られる藤原氏専制下における批判は,和歌や日本語散文の世界よりも漢文学の世界に現れるのは注目すべきところである。紀長谷雄(きのはせお)《貧女吟》は深窓に養われた美女もいまや老いて病む貧しい独居生活を描写し,大江朝綱(あさつな)《男女婚姻賦》はポルノグラフィックな戯文としてともに異色の作。巻二は詔,勅書,勅答,位記,勅符,官符,太政官符,意見封事など公文書の類,実用的文例を収める。…
※「紀長谷雄」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
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