長野オリンピック(読み)ナガノオリンピック

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

長野オリンピック
ながのおりんぴっく

第18回オリンピック冬季競技大会。1998年(平成10)2月7日開会式、同22日閉会式の16日間にわたって行われた。1991年、イギリスのバーミンガムで開かれた国際オリンピック委員会(IOC)総会で立候補したエステルンド(スウェーデン)、ハカ(スペイン)、アオスタ(イタリア)、ソルト・レーク・シティ(アメリカ)と大接戦のすえ、開催にこぎつけた。日本では1972年(昭和47)札幌大会以来、二度目の冬季オリンピック大会となった。
 競技種目は7競技68種目であった。長野市で開・閉会式とスケート、フィギュアスケート、アイスホッケー、ショートトラックスケート、ボブスレー、フリースタイルスキー、山ノ内町でアルペンスキー(回転、大回転)、スノーボード(大回転、ハーフパイプ)を、白馬村においてアルペンスキー(滑降、スーパー大回転)、スキー・ジャンプ(ノルディック複合、ジャンプ)、スキー・クロスカントリー、野沢温泉村ではバイアスロンがそれぞれ行われた。また新競技のカーリングが軽井沢町で行われた。
 しかし、自然保護との関連で生じた白馬村八方尾根滑降コースの距離問題や新競技、新種目に伴う予選の増大など、多くの課題を残したことも特筆される。
 参加国・地域(NOC)は72に及び、参加選手は、2302人、役員1464人、合計3766人を記録した。
 大会は日本選手の活躍もあってかなりの盛り上がりをみせ、成功裏に運営されたといえる。しかし、施設の後利用の問題も大きな課題でオリンピック肥大化の影響をまともに受けた形になった。
 金メダルは、ドイツの12を筆頭に、ノルウェー10、ロシア9、カナダ、アメリカ各6に次いで、日本はスキー・ジャンプのラージヒルで船木和喜、同団体で岡部、斉藤、原田、船木組。女子フリースタイルスキー・モーグルで里谷多英、スピードスケート500メートルで清水宏保、ショートトラックで西谷岳文の計5個を獲得。その他のメダル数は銀1、銅4であった。日本選手団は、選手166人、役員147人、合計313人、7競技65種目に参加した。
 この大会では、ボランティアの数が3万人を超えた。また開会式の各選手団の入場行進の先導役に大相撲(おおずもう)の力士があたったり、競技以外での話題も多かった。なお、大会経費は公式に1030億円から修正され決算額は1100億円となった。[深川長郎]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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