門脈圧亢進症の病態生理

内科学 第10版 「門脈圧亢進症の病態生理」の解説

門脈圧亢進症の病態生理(肝・胆道の疾患)

定義・概念
 肝臓は,流入血管である門脈および肝動脈と流出路である肝静脈を有する.門脈は腹腔内臓器胃腸膵臓胆囊脾臓など)の静脈血を集め,脾静脈,上腸間膜静脈,下腸間膜静脈が合流する門脈本幹を経て,肝内門脈に至る.門脈は肝内に入ると多数の分枝に分かれる.門脈血は,肝動脈血とともに,肝を灌流し類洞を経て中心静脈,小葉下静脈,肝外の下大静脈へ流出,心臓に還流する. 門脈圧亢進症(portal hypertension)は,この門脈本幹から下大静脈に至る門脈系のいずれかの部位の門脈血流障害(血管抵抗増大)と門脈血流量増加がおもな要因となって発生する.門脈圧亢進症とは,単一な疾患をいうのではなく,諸種の原因による門脈圧の持続的上昇と,それに伴う臨床症状を包括する概念である.
分類
 門脈圧亢進症をきたす疾患は,表9-1-6に示すように,門脈血流障害部位に基づき分類されており,肝前性,肝内性および肝後性閉塞に大別される.肝内性閉塞は,さらに門脈の終末枝である類洞を中心に,前類洞性閉塞と後類洞性閉塞に分類される.ただし,門脈血流障害部位や肝血流量のパターンは単一ではなく,門脈圧の上昇機転には,複数の因子が複合していることが多く,疾患や症例によっても異なる.
原因・病因
 成人では,門脈圧亢進症の原因の90%以上が肝硬変症である.頻度は低いが,肝硬変でない状態(非硬変肝)で門脈圧亢進をきたす特発性門脈圧亢進症,肝外門脈閉塞症,Budd-Chiari症候群などがあり,これらの疾患は発展途上国に頻度が高く,わが国では近年減少している.
1)肝外門脈閉塞症(extrahepatic portal obstruction):
肝外門脈の閉塞により門脈圧亢進を呈する疾患で,原因の明らかでない一次性肝外門脈閉塞症と,血液疾患,胆囊・膵臓などの炎症腫瘍などに続発する二次性肝外門脈閉塞症とに分類される.一次性の原因は,出生直後の臍炎など門脈系に生じた血栓性静脈炎が門脈本幹に波及し,門脈本幹が血栓により閉塞すると考えられている.病理形態の特徴は,門脈本幹の器質化血栓と肝門部に形成される求肝性側副血行路である海綿状血管増生(cavernomatous transformation)であり,組織学的には多数の薄壁性脈管で構成される.海綿状血管増生はCTなどの画像診断でとらえられ,本症の診断の拠り所となる.
2)肝硬変症(liver cirrhosis)
肝硬変は,慢性に経過する肝疾患の終末像で,ウイルス肝炎,アルコールの過飲,慢性の胆汁うっ滞,代謝性肝疾患など原因は多様である.わが国では,肝硬変症の約8割がB型ないしはC型肝炎ウイルスに起因する.肝硬変は病理形態学的には,「肝臓全体に線維性隔壁を有する再生結節のびまん性に形成される病変」と定義される.門脈圧上昇の機序は,再生結節による肝静脈枝の圧迫,肝萎縮に伴う血管構築の改変,血管床全体の減少,肝動脈血流の増加,動脈と門脈の短絡などの諸要因が関与すると考えられている.また,肝硬変における肝内の血管抵抗の上昇には,類洞における微小循環の異常が重要な意味をもつ.肝硬変では,血管拡張作用をもたらす一酸化窒素の肝内の産生が著しく減少し,一方,主として内皮細胞と肝星細胞が産生する強力な昇圧ペプチドであるエンドセリン1が上昇し,肝星細胞の収縮が増強して,類洞が過収縮方向に傾き,類洞の血流抵抗が増大する.
3)特発性門脈圧亢進症
(idiopathic portal hypertension): 特発性門脈圧亢進症は,脾腫,貧血,門脈圧亢進症状を主徴とし,しかも肝硬変,肝外門脈・肝静脈閉塞,血液疾患などを証明し得ない疾患と定義されている.中年の女性に多く,自己免疫疾患の合併がしばしばみられる.予後は,一般に良好であり,肝硬変に進展することはないが,肝萎縮が進行すると肝不全を呈する症例がある.本症の病因は不明である.細菌などの持続感染により,肝脾の両臓器をターゲットとした,免疫反応を含む生体反応が,肝内門脈を障害し,巨脾を惹起するであろうと推察されている.
 本症の門脈圧亢進の機序について,肝内末梢門脈枝の狭窄や潰れによる血流抵抗増大が主因と考えられ,さらに,肝内外の系統的門脈硬化や血栓形成が増悪因子と考えられる.このような器質的な因子に加え,著しい脾血流量の増加も門脈圧上昇の一因と見なされ,本症では摘脾による門脈圧の減圧効果は大きく,この点肝硬変とは異なる.
4)日本住血吸虫症
(shistosomiasis japonica): 日本住血吸虫症は脾腫と前類洞性門脈圧亢進を呈する疾患であり,この点特発性門脈圧亢進症と類似する.日本住血吸虫症では,腸管で産卵された虫卵は,門脈血に入り,肝内末梢門脈枝に達し,これを塞栓する.急性期では,強い催炎作用を有する虫卵は,塞栓部に門脈炎を惹起し,末梢門脈枝は破壊され,潰れる.時間が経つと,炎症は消退するが,門脈域に緻密な線維化が生じ,末梢門脈枝の潰れは持続し,この部に血流阻害が生じる.
5)肝細静脈閉塞性疾患
(veno-occlusive disease): 本症は,肝静脈末梢枝(中心静脈および小葉下静脈)の閉塞により,高度のうっ血が生じる.Budd-Chiari症候群と異なり,中~大肝静脈は通常障害されない.臨床的には腹痛,肝腫大,腹水貯留,黄疸を認める.慢性に経過しうっ血性肝硬変に進展する症例もある.原因はさまざまで,植物アルカロイド中毒,腎移植後の免疫療法(アザチオプリンなど),白血病に対する化学療法(6-チオグアニンなど)の薬物や,骨髄移植時の移植片対宿主反応などがある.病理所見は,初期病変は,小さな静脈の内膜の浮腫,出血で,次第に静脈壁は線維性に肥厚し,血管腔は狭小化・閉塞する.中心静脈周囲の類洞は拡張しうっ血が高度となる.近年,本症例の中に,肝静脈末梢枝の閉塞がみられない症例があり,病態の本体が類洞における微小循環障害であるとの考えが有力となっており,類洞閉塞症候群(sinusoidal obstruction syndrome)とも呼称されている.
6)Budd-Chiari症候群
(Budd-Chiari syndrome): 肝うっ血により二次的に門脈圧亢進が生じるが,Budd-Chiari症候群はその代表的疾患である.Budd-Chiari症候群の門脈圧亢進は,太い肝静脈や肝部下大静脈の閉塞により,肝静脈からの血液環流が妨げられ,持続的なうっ血が生じることによる.門脈圧亢進症による食道静脈瘤とともに,下大静脈閉塞では下肢静脈瘤や下腿浮腫,胸腹壁の皮下静脈怒張が生じる.脾腫は症例の約30%にみられるが,高度な脾腫をみることはまれである.
 太い肝静脈や下大静脈の閉塞の原因は,血栓(血液凝固異常を伴う疾患,経口避妊薬,抗癌薬使用例など),腫瘍(腎細胞癌や肝細胞癌など),アジアやアフリカに多い膜様閉塞などがある.下大静脈の膜様閉塞の原因は先天性奇形と考えられていたが,最近の研究では,器質化血栓であることが明らかにされている.病理組織学的には,うっ血により肝では中心帯領域の酸素分圧が低下するため,肝細胞は変性,壊死に陥る.うっ血が慢性に経過すると,次第に膠原線維の沈着が中心帯領域に生じ,うっ血性肝線維症を経て,うっ血性肝硬変に到る.
臨床症状
 原疾患の症状とともに,門脈圧亢進状態が持続すると,食道・胃静脈瘤の形成,脾腫および脾機能亢進,腹水貯留,側副血行路に伴う肝性脳症などが生じる.
1)側副血行路の形成と食道・胃静脈瘤の破綻:
門脈圧亢進症では,種々の側副血行路(バイパス)が形成される.なかでも食道静脈瘤は,最も重要な側副血行路である.門脈圧が上昇すると,門脈血が左胃(胃冠状)静脈を逆流し,食道下部へ流入する遠肝性側副副血行路が発達する.胃静脈瘤は,おもに短胃静脈を介して形成される.食道や胃に多量の逆流した血液が流入すると静脈は拡張,蛇行し,静脈瘤を形成し,消化管の内腔に累々と隆起する.静脈瘤の破綻により大量の消化管出血をきたすことがある.その他の側副血行路として,臍を中心とした放射状の皮下静脈怒張(caput medusae,メズサの頭)がある.Budd-Chiari症候群では,側副血行路の1つとして,鼠径部より胸壁に向かって血液が流れる上行性の皮下静脈の怒張を認めることがある.
2)脾腫:
門脈圧亢進により,慢性のうっ血による脾腫が生じると脾機能亢進が起こる.血液の有形成分が異常に破壊される結果,貧血,白血球減少による易感染性,血小板の減少による出血傾向が出現する.近年,C型ウイルス肝炎の肝硬変患者に対しインターフェロン治療を行う際,貧血や血小板が減少した患者では治療ができないので,脾臓の摘出が行われている.脾臓の摘出により,ほぼ確実に貧血や改善や血小板は増加し,さらに肝機能の改善がみられることもある.門脈圧亢進における脾腫の病態解析が,肝脾相関の立場から進められている.
3)腹水:
腹水は,門脈圧亢進による毛細管圧の上昇により,肝表面と肝外門脈枝から血液成分に由来する蛋白を含む水分が漏出したものである.肝硬変では,毛細管圧上昇に加え低アルブミン血症による膠質浸透圧の低下が腹水貯留の要因となる.腹水貯留は,水分と栄養分を失うことになる.
4)肝性脳症:
肝性脳症は,肝不全状態でなくても生じる.門脈圧亢進に伴う肝性脳症は,門脈-下大静脈短絡の形成により,消化管内で発生したアンモニアなどの有害物質が肝臓で解毒されることなく,直接大循環系に入り,脳に達するために生じる.[鹿毛政義]

出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報

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