靖献遺言(読み)せいけんいげん

  • せいけんいげん ‥ヰゲン
  • せいけんいげん〔セイケンヰゲン〕

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

江戸時代初期の朱子学者浅見絅斎 (けいさい) の主著。8巻。寛延1 (1748) 年刊屈原からの方孝孺まで,不遇にあってもとしての君主に対する節義を曲げなかった中国の8人の遺文を集め,その略伝および論評を記した書。幕末志士に大きな影響を与えた。

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百科事典マイペディアの解説

江戸前期の朱子学者浅見絅斎(あさみけいさい)が,中国の8人の忠節の士の言葉を集めるとともに,日本の忠臣の行状を載せた書。8巻。成立年不詳。屈原の《離騒懐沙賦》,諸葛孔明の《出師表》,陶淵明の《読史,述夷斉章》,顔真卿の《移蔡帖》,文天祥の《衣帯中賛》,謝枋得(ほうとく)の《初到建寧賦詩》,劉因の《燕歌行》,方孝孺の《絶命辞》など。幕末の尊王倒幕思想に影響が大きかった。

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世界大百科事典 第2版の解説

江戸前期の朱子学者浅見絅斎(けいさい)の。8巻。成立年不詳。義に安んじ,先王に誠意をささげる(靖献)という趣意から,楚の屈原より明の方孝孺に至る中国の8人の忠臣の遺文・略伝を記し,あわせて日本の忠臣義士の行状を載せたもの。広く読まれ,のちの尊王討幕論に大きな思想的影響を与えた。《教育文庫》《国民道徳叢書》所収。【平 重道】

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

儒学者浅見絅斎(けいさい)の著書。2巻。1684年(貞享1)絅斎33歳のとき編纂(へんさん)に着手し、87年刻なった。中国の屈原(くつげん)、孔明(こうめい)、陶潜(とうせん)、顔真卿(がんしんけい)、文天祥(ぶんてんしょう)、謝枋得(しゃほうとく)、劉因(りゅういん)、方孝孺(ほうこうじゅ)ら8人の忠臣の遺文、略伝を記し、あわせて日本の忠臣、義士の行状を載せたもの。1689年(元禄2)成立の『靖献遺言講義』はこれを門下生に講義したもの(「教育文庫」「国民道徳叢書(そうしょ)」所収)である。土佐の谷秦山(しんざん)、京都の竹内式部(たけのうちしきぶ)など本書を講じ、とくに式部はこれを公卿(くげ)に講じ、宝暦(ほうれき)事件(1758)の原因をつくる。吉田松陰(しょういん)も本書を愛読し、「靖献遺言の一書は、読者をして勃然沛然(ぼつぜんはいぜん)として忠義の心を興起せしむ」(野山獄(のやまごく)文稿)と記している。本書が近世勤王思想の勃興(ぼっこう)に大きな思想的影響を与えたことは明白である。

[平 重道]

『近藤啓吾著『浅見絅斎の研究』(1970・八坂神社内神道史学会)』

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精選版 日本国語大辞典の解説

江戸前期の思想書。八巻。浅見絅斎(けいさい)著。貞享四年(一六八七)成立。楚の屈原から明の方孝孺までの、節義を失わなかった八人の中国人の遺文に略伝などを付し、日本の忠臣、義士の行状を付載する。当初は日本の人物を中心にする予定であったが、幕藩体制を考慮して中国のそれに換えた。自説を何ら付していないが、尊皇思想の展開に影響を与えた。なお同一著者による元祿二年(一六八九)成立、寛延元年(一七四八)刊の「靖献遺言講義」もある。

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旺文社日本史事典 三訂版の解説

江戸時代,浅見絅斎 (けいさい) の著書
8巻。1687年刊。中国・日本の忠臣の遺文・行状などを記し,尊王論に大きな影響を与えた。

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