改訂新版 世界大百科事典 「風習喜劇」の意味・わかりやすい解説
風習喜劇 (ふうしゅうきげき)
comedy of manners
風俗喜劇ともいう。広義には風俗を描く喜劇全般を指すが,狭義にはイギリスの社交界の風俗を描いた知的で洗練された喜劇のことである。エリザベス朝のロンドンを舞台にしたベン・ジョンソンなどの喜劇にその根があるが,17世紀後半の王政復古期にフランス趣味に強く影響されて本格的に成立した。チャールズ2世の宮廷を中心とする社交界の人物の男女関係を中心的主題とし,副次的主題として金銭をめぐる争いがからむ。対象とした観客もロンドンの社交界の人々が主であった。つまり風習喜劇とは,内容においても支持層においても,田舎よりも都会の,また庶民やブルジョアよりも貴族の劇だったのである。最も重視された価値基準は,ものごとを知的かつ批判的にとらえる能力としての機知witである。登場人物は大別すると機知を備えた者,機知を備えてはいないのに備えているつもりでいる者,機知とまったく無縁である者,の三つの型に属し,第1の型が第2および第3の型を見下して笑うというかたちで喜劇が成立する。機知はとりわけ言葉の使い方に発揮され,人の意表をつく気の利いた比喩や警句を口にすることが貴ばれた。現実の行動においては,感情におぼれないさめた態度がよしとされる。したがって,最も重要な主題である男女関係についても,特定の相手を熱愛して結婚を目ざしたり,配偶者を守り続けたりするよりも,複数の相手を次々に追い求めるほうが一般的になる。
これは当時のブルジョアや庶民の間に権威をもっていたピューリタン風の考え方からすれば容認できない傾向であり,事実,風習喜劇は不道徳で退廃的であるとして攻撃されることが珍しくなかった。そして18世紀前半あたりから,都会よりも田舎を舞台にしたり,貴族よりもブルジョアを主人公にしたりする喜劇が多くなる。やがてこの傾向は,劇の教訓性を重視する感傷喜劇sentimental comedyの出現を招くに至るが,この変化の根底には,王政復古期の風習喜劇が過度に知的で非行動的であったのを否定して,行動性をもった劇を作り出そうとする動きがあった。
風習喜劇の代表的作品は,エサリッジGeorge Etheregeの《当世風の男》,W.ウィッチャリーの《田舎女房》,W.コングリーブの《世の習い》,G.ファーカーの《だて男の計略》,J.バンブラーの《逆戻り》などである。18世紀のO.ゴールドスミスの《負けるが勝ち》,R.B.シェリダンの《恋敵》や《悪口学校》などもこの伝統に属するとされる。同じ傾向は近代以後の作品にも認められ,O.ワイルドの《ウィンダミア卿夫人の扇》《まじめが大事》,W.S.モームの《ひとめぐり》《お偉方》,N.P.カワードの《私生活》《花粉熱》なども風習喜劇と呼ばれる。現代ではH.ピンターの《恋人》《コレクション》《背信》,ハンプトンChristopher HamptonやグレーSimon Grayなどの,知識人を登場人物とする社交界喜劇も,人間関係の不毛さを強く意識した風習喜劇の一種と考えられる。
→風俗劇
執筆者:喜志 哲雄
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報