改訂新版 世界大百科事典 「高揚力装置」の意味・わかりやすい解説
高揚力装置 (こうようりょくそうち)
high lift device
飛行機の離着陸,低速飛行,空戦などの場合に,翼の出せる揚力を増すための装置。その代表は翼の後縁のフラップflap(かつては下げ翼とも呼んだ)で,ほとんどの飛行機についているが,機体により他の種類の高揚力装置も使われる。
高揚力装置の必要性
翼の出す揚力は,翼の面積,飛行速度の2乗,翼の形状と迎え角とで変わる揚力係数CLに,それぞれ比例する。飛行機が水平飛行するには機の重量に等しい揚力を必要とするので,離着陸のように低速で飛ぶときは,翼の迎え角を増してCLを高めなければならない。しかし迎え角を大きくしすぎると,気流が翼の上面について流れることができなくなり,はがれて失速するので,CLを大きくするのには限度があり,その最大値を最大揚力係数CLmaxという。ところで高速で燃料消費も少ない飛行機を作るには,空気抵抗を減らすため翼の面積をなるべく小さくすることが望ましい。面積の小さい翼で離着陸の低速時に所要の揚力を得るには,離着陸の際に翼のCLmaxを高める装置があるとつごうがよいわけで,こうした必要から考え出されたのが高揚力装置である。その発明は1910年代からあったが,広く実用され始めたのは30年代で,これにより飛行機の性能は飛躍的に向上し,40年代には空戦運動の際に揚力を増すためにも使われ始めた。
高揚力装置の種類
現在使われている高揚力装置の方式には,(1)作動させると翼の断面形が変わり,これによって機の前進で翼に当たる空気の流れ方が変わって揚力が高まる方式と,(2)(1)に加えて推進用エンジンの後流を翼に流して下へ曲げ,推力の方向を斜め上向きに変えて揚力として利用するとともに,後流で翼のまわりの空気を誘導して揚力をさらに高める方式とがある。一般の飛行機の高揚力装置は(1)の方式であり,(2)の推力利用の高揚力装置はパワードリフト・システムpowered lift systemと呼ばれ,おもに短距離離着陸機に使われる。ふつうの翼のCLmaxは1.5程度であるが,(1)の方式を利用すると2~3.5程度に,また(2)の方式では4~7程度に高まる。(1)の一般の高揚力装置は翼の後縁部か前縁部に設けられるが,これによってCLmaxが増すのは,翼の反り(キャンバー)を増して,同じ迎え角でのCLmaxを高める,気流が翼の上面からはがれるのを防いで,より大きい迎え角まで失速しないようにする(あるいはより大きい角度までフラップを下げられるようにする),翼の後ろや前に張り出して翼の面積を広げるの効果のいずれか,またはそれらの組合せによっている。
後縁の高揚力装置
翼の後縁に設けられる高揚力装置には,次のようなものがある。
(1)単純フラップ 単に翼の後縁部を下に折り曲げる形のもので,翼のキャンバーを増す効果だけなのでCLmaxは低いが,翼が薄くて他のフラップがつけられない小型の高速機にはよく使われる。
(2)スプリットフラップ 開きフラップとも呼ばれ,後縁部の下面だけを下に開くもの。CLmaxは単純フラップよりやや大きく,1930-40年代に普及したが,下げたときの抵抗が大きいので現在はすたれた。
(3)スロッテドフラップ 隙間フラップともいう。単純フラップのCLmaxが低いのは,フラップ角を大きくすると気流がフラップの上面について流れることができなくなりはがれてしまうためである。そこでフラップを下げたとき翼との間に隙間が開くようにしたのがスロッテドフラップで,この隙間から下面の空気をフラップの上面に流すことによって気流のはがれを防いでいる。翼のキャンバーを増す効果と気流のはがれを防ぐ効果をあわせもつためCLmaxが高く,多くの機体に使われている。このフラップを2重や3重にし,隙間を多くしてCLmaxを上げた多重(または多段)スロッテドフラップもあり,2重スロッテドフラップなどとも呼ぶ。
(4)ファウラーフラップ まず後方へ滑り出してから下がるフラップで,翼のキャンバーを増す効果と翼の面積を広げる効果をもつ。フラップを出したときCLmaxの増加の割に抵抗増加が小さくてすむのが特色で,離陸に有利である。
輸送機にはファウラーフラップのように後方に張り出した後,スロッテドフラップのように隙間を開けて下げる形式のフラップが多く,離陸には抵抗の小さいファウラーフラップの形で,また,着陸にはCLmaxの大きいスロッテドフラップの形で使用している。
前縁の高揚力装置
翼が厚く前縁の丸い低速機にはなくてもよいが,後退翼や前縁半径の小さい薄翼を使わなければならない高速機は,前縁にも高揚力装置をもつものが多い。前縁の高揚力装置には以下のようなものが利用される。
(1)前縁フラップ 単に翼の前縁を下へ折り曲げる形のものと,前縁下面を前下方へ開く形のものとがある。前者は翼のキャンバーが増す効果を利用したもので,小型の高速機によく使われている。後者はクルーガーフラップと呼ばれ,翼のキャンバーを増す効果と翼の面積を増す効果をもち,輸送機などに見られる。
(2)スラット 隙間翼ともいう。翼の迎え角が大きくなると,空気はまず前縁よりやや後ろの翼下面に当たり,ここから前縁を回って翼の上面に流れていくので,その間に勢いをなくしてはがれやすくなり失速する。このため翼の前縁部を前へ張り出させて隙間を開け,下面に当たった空気を直接翼上面に流してはがれを防ぐことが行われるが,この前へ張り出す部分をスラットslatといい,スラットが張り出してできる隙間をスロットslotと呼んでいる。
境界層制御装置
翼の表面の気流(境界層)のはがれやすい所に,翼内から別の空気を吹き出して勢いをつけ,はがれを防ぐ装置で,英語のboundary layer controlの頭文字をとってBLC装置ともいう。後縁の単純フラップや前縁フラップの折れ曲り目から空気を吹き出すと,気流のはがれを防ぐ効果があるため,フラップ角を大きくできてCLmaxを増やせる。このようなフラップは吹出しフラップとも呼ばれ,吹き出す空気はジェットエンジンの圧縮機から取るのがふつうで,翼面積の割にエンジンの強力な小型高速機に応用例が多い。逆に,はがれかかった境界層を翼の中に吸い込んでも同様な効果が得られるが,実機への応用例は少ない。
パワードリフト・システム
プロペラ機では,フラップを下げた翼にプロペラの後流を当てて下へ曲げる方法が利用されている。ジェット機ではターボファンエンジンを翼の前に置き,排気をフラップに当てて下へ曲げるEBF(externally blown flapの略)方式と,排気を翼の後縁から斜め下向きに吹き出すIBF(internally blown flapの略)方式に大別され,EBFのうち,排気を翼の上面に流しフラップに沿って下へ曲げるものはUSB(upper surface blowingの略)と呼ばれる(短距離離着陸機)。IBFはジェットフラップともいい,前述の吹出しフラップに似ているが,吹き出す空気量がずっと大きく,翼より後方まで噴出させて推力とする点が異なる。
→翼
執筆者:久世 紳二
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報