翻訳|lift
静止している流体(液体と気体の総称)中を運動する物体に働く力のうち、進行方向に垂直な成分。静止流体中を運動する物体は、一般に流体から力Fを受ける。その力は進行方向に逆向きの抵抗Dと揚力Lの合力である。空気より重い飛行機が定常的に水平飛行をすることができるのは、翼(よく)に働く揚力が飛行機の重量と釣り合うからである。
静止している流体中を物体が等速運動するのは、相対的に考えると一様な流れの中に静止している物体が置かれているのと同じである(
はこの場合を示す)。以下では、翼に働く揚力の原因について、〔1〕翼と流体との間の作用・反作用の法則の観点、〔2〕翼表面に働く流体力を積分する観点、の二通りの見方を示す。〔1〕一様かつ水平な流れの中に翼を傾けて置くと、流れは下向きに方向を変える。翼がなければ流れが水平方向であったことから、流体は下向きの運動量を翼からもらったことを意味する。これは翼が流体に下向きの力を及ぼしたためである。したがって、その反作用(運動の第三法則すなわち作用・反作用の法則)として、翼は流体から上向きの力、揚力を受ける。
〔2〕コンピュータを用いて数値解析した結果である。左から右方向に約70メートル毎秒(マッハ数0.2)の一様な流れがあり、一様な流れの方向に対する翼の傾き(迎角α)は12°である。 のグレースケールは圧力分布を表しており、濃い色ほど圧力が高く逆に薄ければ圧力が低い。図中の点Aはよどみ点とよばれる。よどみ点周囲の色が濃くなっていることから、翼が存在しない場合の一様な流れの圧力P∞と比較して高い圧力となっている。よどみ点を通る流れより上側を流れる気流は丸みを帯びた(曲率の大きい)翼の前縁をまわりこむ。この時、よどみ点で高くなった圧力は急激に低下し、圧力はP∞より小さくなる。その後、翼の上面側に沿って流れながら、P∞より低下した上面側の圧力は後縁に向かって流れるにつれて緩やかにP∞に戻る。一方よどみ点を通る流れより下側を流れる気流は、翼の下面側に沿って流れる。一般的に下面側は直線的な(曲率の小さい)形状をしており、よどみ点で高くなった圧力は、後縁に向かって流れるにつれて緩やかにP∞に戻る。したがって、P∞と比較すると翼上面側の圧力は全般に低く、翼下面側の圧力は全般に高くなっている。つまり翼上面側には吸い上げる力、翼下面側には押し上げる力が働く結果、その合力として上向きの揚力が翼型に発生する。
はある翼型周りの流れについて、 流体の密度をρ、流速をUとすると、運動量はρUに比例するから、単位時間当りの流体の運動量の変化、したがって翼に働く揚力はρU2に比例する。一般に翼面積Sを有する飛行機に働く揚力Lは
の形に表される。比例係数CLは揚力係数(lift coefficient)とよばれる。揚力係数は迎角(一様な流れの方向と翼のなす角)に対して、 のような変化をすることが知られている。迎角が小さい場合(一般的には±10度程度の範囲)には、迎角に比例して揚力係数は変化する。理想的な二次元翼型(無限に長い幅を有する翼)の場合、流体力学の理論によればその傾き(比例係数)は2π/radian(1°あたり約0.11の傾き。radianは角度の単位)であり、一般的な三次元翼(飛行機の主翼のように有限の幅を有する翼)の場合はこの値より小さくなる。迎角が大きくなると翼の背後に渦ができて、揚力はかえって減少する( )。この現象を失速(stall)という。これは翼表面の境界層が翼表面に沿って発達できなくなり、流れの下向きの方向変化、したがって運動量変化がおこりにくくなるためである。なおこの場合、翼の背後の渦領域では圧力が低下するために、翼は後方に引かれる。つまり、翼には大きい抵抗が働くことになる。この失速が発生する迎角を失速角(stall angle)という。また失速直前において最大となる揚力係数の値を最大揚力係数(CL)max(maximum lift coefficient)という。最大揚力係数は翼の形状や一様な流れの条件(流れの速さや流体の粘性)によって決まり、飛行機の性能を決める重要な値の一つである。
[今井 功・今村太郎 2019年6月18日]
『谷一郎著『流れ学』(1967・岩波書店)』▽『中山泰喜著『流体の力学』改訂版(1998・養賢堂)』▽『D・J・トリトン著、河村哲也訳『トリトン流体力学』上・第2版(2002・インデックス出版)』
流れの中におかれた物体または静止流体中を進行する物体に働く力の中で,流れまたは物体の進行方向に垂直な成分。とくに飛行機の翼のような薄い流線形の物体が,上方に凸な反りや正の迎え角αをもって粘性の小さな流れの中におかれたときに働く力は,ほぼ上方に向かうので,揚力といえばこの翼に働く力をさすことが多い。このときの力は,流れが翼によって偏向され下向きの運動量を得るための反作用と考えることができる。またその大きさが,翼のまわりの循環をΓ,流体の密度をρ,流速をUとするときρUΓになることは,クッタ=ジューコフスキーの定理として知られている。迎え角が小さい間は薄い翼の揚力は迎え角αとともに増加し,縮まない流れの中の薄板では理論上πρU2S sinαで与えられ,前縁から1/4のところに中心をもつ(ただしSは翼の水平面積)。αがある一定値を超えると,流れが上面ではがれて揚力は急減する。これは失速と呼ばれる。流れの中で回転する物体に働く揚力も同様に説明できる(マグヌス効果)。
超音速の翼に働く揚力も同様に説明されるが,翼から出るマッハ波(音速より速い流れにおいて,その中の1点に微小かく乱が与えられたとき,その1点を頂点として発生する,流れの方向を軸とする円錐形の波面)を見れば,上面では膨張波,下面では圧縮波の領域となり,薄い平面翼では揚力はほぼ一様で,その大きさは単位面積当り2ρU2α tanμとなる。ただしμはマッハ角(マッハ波の一様流の傾き)で,マッハ数をMとすれば,μ=(M2-1)⁻1/2である。また音より遅い圧縮性の流れ(M<1)中の翼に生ずる揚力は,縮まない流れでの値の|μ|倍となり,これをプラントル=グラウアートの法則という。
→翼
執筆者:橋本 英典
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出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…バレエ・マスターともいう。リフトlift男性舞踊手が相手役を高く持ち上げる技法の総称。英語圏のみで使用される。…
…小型のエンジンと推進器をもち,自力で離陸,上昇し,空中でエンジンを止めて滑空を行うものはモーターグライダーmotor gliderという。
[滑空の原理]
固定翼をつけた航空機は,前進することで翼に働く空気力を利用して空中に浮くことができるが,この空気力のうち,進行方向に垂直上向きに働く力を揚力,進行方向に平行で後向きに働く力を抗力と呼ぶ。定常飛行では揚力は重力とつり合い,推進器を備えた飛行機では,水平飛行ができて推力と抗力とがつり合う。…
…人間が乗って空気の中を飛ぶ乗物を総称して航空機といい,その中で,ジェットエンジン,プロペラなどの推進装置の力で前進し,その際,固定翼(回転したり,羽ばたいたりすることのない翼)に生ずる動的な上向きの空気力,すなわち揚力によって自分の全重量を支えて飛ぶものが飛行機である。航空機には,飛行機のほか,推進装置のないグライダー,回転翼の揚力を利用するヘリコプター,空気より軽いガスをいれた袋に働く空気の静浮力を利用する気球,飛行船などいろいろの種類がある。…
…羽根,つばさともいう。空気など流体の中を動き,または風や流れを受けたとき,大きな揚力を発生することをおもな目的としたもので,航空機を空に浮かべる役割を果たす。航空機のうち飛行機やグライダーの翼は機体と一体となっており,機が前進すると風が当たって揚力を生ずるもので,固定翼と呼ばれる。…
※「揚力」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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