日本大百科全書(ニッポニカ) 「高齢者医療制度」の意味・わかりやすい解説
高齢者医療制度
こうれいしゃいりょうせいど
高齢者医療確保法(昭和57年法律第80号)に基づき、2008年(平成20)4月に施行された高齢者を対象とする医療保険制度。高齢者医療確保法の正式名称は「高齢者の医療の確保に関する法律」。旧称は老人保健法だが、2006年の全面改正の際に名称が変更された。当制度は、75歳以上の後期高齢者を対象とする後期高齢者医療制度と65歳以上75歳未満の前期高齢者医療の財政調整制度からなる。
[山崎泰彦 2023年6月19日]
沿革
従来の高齢者医療は、75歳以上の高齢者を対象にした老人保健制度と60歳以上75歳未満の退職者を対象とした退職者医療制度から構成されていたが、新制度では、後期高齢者医療制度と前期高齢者医療の財政調整制度に再編成した。従来の制度のうち、とくに批判が高まっていたのは老人保健制度で、(1)老人保健拠出金では高齢者の保険料と現役世代の保険料が区分されていないため、世代間の費用負担関係が不明確であること、(2)市町村は実施主体として医療給付を行うが、その財源は公費と各医療保険者からの老人保健拠出金によりまかなわれ、運営責任が不明確であること、(3)市町村国民健康保険(国保)の保険料に最大5倍の格差があること、などの問題が指摘されていた。それに対して後期高齢者医療制度では、(1)現役世代と高齢者の間でバランスのとれた負担のルールを設定すること、(2)都道府県単位で高齢者が共通のルールで保険料を負担すること、(3)都道府県単位で全市町村が加入する広域連合を保険者(運営主体)として運営責任を明確化すること、などの改正を行った。
また、前期高齢者については、かつての制度では加入者が国保に偏在し、保険者間で負担の不均衡が生ずるという問題があったため、新制度では前期高齢者の医療費について、医療保険者間の財政調整制度を導入した。
[山崎泰彦 2023年6月19日]
後期高齢者医療制度の概要
かつての老人保健制度は、高齢者にも既存の医療保険制度を適用したままで、75歳以上の高齢者の医療費については、公費と各医療保険者からの拠出金によって財源をまかなうものであった。これに対して後期高齢者医療制度は、高齢者を他の医療保険制度から切り離したうえで、公費と現役世代からの拠出金によって財政支援する高齢者独立型の地域保険で、介護保険制度に類似した仕組みである。
〔1〕保険者・被保険者
保険者(運営主体)は、都道府県の区域ごとにすべての市町村が加入する後期高齢者医療広域連合である。ただし、保険料の徴収および窓口業務は市町村が行う。
被保険者は75歳以上の後期高齢者および65歳以上75歳未満で一定の障害のある者で、被保険者になるとそれまで適用を受けていた医療保険制度の加入資格を喪失する。
〔2〕保険給付・自己負担
保険給付の種類は、(1)療養の給付、(2)入院時食事療養費、(3)入院時生活療養費、(4)保険外併用療養費、(5)療養費、(6)訪問看護療養費、(7)特別療養費、(8)移送費、(9)高額療養費、(10)高額介護合算療養費、(11)条例で定める給付(葬祭費の支給等)であり、他の医療保険各制度とほぼ同じ内容である。
医療費の自己負担割合は一般所得者等1割(一定以上所得者2割、現役並み所得者3割)で、高額療養費および高額介護合算療養費の自己負担限度額についても軽減されている。
〔3〕保健事業
後期高齢者医療広域連合は、高齢者の心身の特性に応じた保健事業を行うよう努めなければならない。
〔4〕費用負担
自己負担を除く給付費は、後期高齢者の保険料(約1割)、公費(約5割、内訳は国:都道府県:市町村=4:1:1)、現役世代からの後期高齢者支援金(約4割)でまかなわれる。なお、被用者保険の後期高齢者支援金については、2015年の改正により、総報酬割部分(従来は3分の1)が段階的に引き上げられ、2017年度から全面総報酬割に切り替えられた。
保険料は、被保険者の負担能力に応じて賦課される応能分(所得割)と被保険者に均等に賦課される応益分(被保険者均等割)から構成され、個人単位で賦課される。低所得者については、保険料が軽減されている。保険料率は、2年ごとに各広域連合で設定され、都道府県内では原則として均一保険料とされている。
なお、2023年(令和5)の改正により、2024年度から、全世代でこども・子育てを支援する観点から出産育児一時金の支給費用の一部を現役世代だけでなく後期高齢者の保険料からも充当することになった。
[山崎泰彦 2023年6月19日]
前期高齢者医療の財政調整制度の概要
前期高齢者医療の財政調整制度は、5割の公費負担がないことを除けば、老人保健制度に類似の仕組みである。すなわち、65歳以上75歳未満の前期高齢者を被用者保険または国保に適用したままで、前期高齢者の偏在に伴う負担の不均衡を調整するため、各医療保険者は、各保険者の前期高齢者の医療給付費の額をもとに、各保険者の加入者数に応じた調整を行っているが、被用者保険の保険者間においては2024年度から部分的に報酬水準に応じた調整を行う。
医療費の自己負担割合は、70歳以上75歳未満は、原則2割(現役並み所得者は3割)である。70歳以上75歳未満の高額療養費および高額介護合算療養費の自己負担限度額については、後期高齢者医療制度と同様の軽減措置がある。
[山崎泰彦 2023年6月19日]
『土佐和男編著『高齢者の医療の確保に関する法律の解説』(2008・法研)』▽『岩渕豊著『日本の医療――その仕組みと新たな展開』(2015・中央法規出版)』▽『これからの医療保険制度の在り方を考える研究会編著『持続可能な医療保険制度の構築に向けて――平成27年改革の軌跡とポイント』(2016・第一法規出版)』▽『島崎謙治著『日本の医療――制度と政策』増補改訂版(2020・東京大学出版会)』▽『厚生労働統計協会編・刊『保険と年金の動向』各年版』▽『島崎謙治著『医療政策を問いなおす――国民皆保険の将来』(ちくま新書)』