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黄檗希運 おうばくきうんHuang-bo Xi-yun

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

黄檗希運
おうばくきうん
Huang-bo Xi-yun

[生]?
[没]大中4(850)?
中国,唐の禅僧。福州の人。断際禅師。洪州黄檗山において出家し,都,長安に遊学したのち洪州に戻り百丈懐海に師事,その法を継いで黄檗山に住んだ。その後,竜興寺,開元寺に移り住んでその宗風を広め,多数の弟子を育成。そのなかでのちに臨済宗の開祖となった臨済義玄が著名。語録『伝心法要』 (1巻) が残っている。

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世界大百科事典 第2版の解説

おうばくきうん【黄檗希運 Huáng bò xī yùn】

中国,唐後期の禅僧。断際禅師とよばれ,臨済義玄の師として知られる。生没年は不詳。850年ころ,60歳であった。福州の人,黄檗山で出家,江西百丈懐海の法をつぎ,新たに黄檗山を創して,その教えをひろめた。時の宰相裴休が参禅し,その説法を筆録したものに《伝心法要》《宛陵録》の2書があり,禅の語録の代表とされて,早くより注目され,英訳も数種出ている。また皇太子時代の宣宗が一時僧となっていたときに相識であったことや,武宗廃仏(三武一宗の法難)を経験した中国僧としての話題も多い。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

黄檗希運
おうばくきうん

生没年不詳。中国、唐代の禅僧。諡号(しごう)は断際禅師(だんさいぜんじ)。福州(福建省)(びんけん)の人。若くして福州黄檗山で出家した。身長7尺(約2.1メートル)、額に肉珠があったという。天台山に遊行し、のちに百丈懐海(ひゃくじょうえかい)に参じて嗣法する。洪州(こうしゅう)(江西省)の大安寺に住し、高安県に黄檗山を開創。唐のもと宰相、裴休(はいきゅう)の求めに応じて、竜興寺と開元寺で説法し、それは『伝心法要』『宛陵録(えんりょうろく)』として編集された。説法の中心思想は、「即心是仏(そくしんぜぶつ)(この心そのものが仏にほかならない)」である。大中(たいちゅう)年間(847~860)示寂。弟子に臨済義玄(りんざいぎげん)がいる。[石井修道]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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