中国、唐代中期の禅僧。俗姓は王氏、諡号(しごう)は大智(だいち)禅師、また覚照(かくしょう)、弘宗妙行(ぐしゅうみょうぎょう)ともいわれる。福州長楽県の人で、20歳のとき西山慧照(せいざんえしょう)について出家し、南岳法朝(なんがくほっちょう)律師のもとで具足戒(ぐそくかい)を受けて大僧となった。ついで廬江(ろこう)の桴槎(ふさ)寺に赴いて大蔵経を閲読し大小乗の教理を明らかにした。さらに南康(江西省)において馬祖道一(ばそどういつ)に参禅し、3日間、耳が聾(ろう)するほどの一喝によって開悟したという。その後、帰信者の請いに応じて江西省の大雄峯(だいゆうほう)に建立された百丈山大智寿聖禅寺(だいちじゅしょうぜんじ)に住し、大いに禅風を鼓吹した。ことに大小乗の戒律に限定されない禅院独自の修道生活の規範、すなわち『百丈清規(しんぎ)』を制定し、禅院を律院から独立せしめた功績は、中国仏教史上に特筆されている。門下に潙山霊祐(いさんれいゆう)、黄檗希運(おうばくきうん)ら優れた弟子が現れ、五家七宗の一翼、潙仰(いぎょう)宗・臨済(りんざい)宗を形成するに至る。元和9年正月17日示寂。世寿66歳。なお、生年については720年とする説もあり、『宋(そう)高僧伝』『景徳伝燈録(けいとくでんとうろく)』では95歳で没したとする。
[小坂機融 2017年4月18日]
中国,唐代の僧。大智禅師。姓は王。福州(福建省)の人。江西馬祖の禅をうけ,百丈山を創して禅院の独立をはかる。インド仏教の戒律で禁ぜられた生産労働を肯定し,これを普請とよんで,集団生活の基礎とするとともに,住持以下の職制を定め,百丈清規として成文化する。みずから率先して執労し,〈一日作(な)さずんば一日食わず〉と自戒したと伝え,門下に潙山霊祐,黄檗希運などが出て,百丈山は盛期の禅の中心となった。語録一巻を伝え,塔録も存する。
執筆者:柳田 聖山
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…もともとインド教団では,一所不住をたてまえとするから,住持の名称はありえない。中国で唐代に寺院制度が確立すると,百丈懐海が清規(しんぎ)を制して,教団を管理し弟子を指導する有徳の長老を,住持と名づけたことより始まる。住職【柳田 聖山】。…
…清衆,すなわち清浄大衆の規式の意。唐代,百丈懐海の創始という。インド仏教は,比丘の生活資財を乞食に求めて,生産や蓄財を禁じ,これを戒律に定めた。…
…さらに,祖師禅はインド伝来の戒律に代わって,清規(しんぎ)とよばれる新しい僧院の集団規則を生む。馬祖につぐ百丈懐海(ひやくじようえかい)の創意である。清規の特色は,集団による生産労働を肯定し,これを修行の作用としたことで,普請の法と名づけて師弟平等に力を合わせるのである。…
※「百丈懐海」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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