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百丈懐海 ひゃくじょうえかい Bo-zhang Huaihai

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

百丈懐海
ひゃくじょうえかい
Bo-zhang Huaihai

[生]開元8(720)
[没]元和9(814).1.17. 百丈山
中国,唐の禅僧。後半生を江西省百丈山でおくったので百丈禅師といわれ,また大智禅師の号がある。南岳懐譲系の馬祖道一の弟子。黄檗希運潙山霊祐ら多くの弟子が集り,禅の修行のための僧院規定である『百丈清規 (しんぎ) 』を制定して,初めて禅院の制度を確立した。

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デジタル大辞泉の解説

ひゃくじょう‐えかい〔ヒヤクヂヤウヱカイ〕【百丈懐海】

[720~814]中国、唐代の禅僧。福州長楽(福建省)の人。南宗禅の馬祖道一の法をついだ。洪州(江西省)の百丈山に住して教化し、禅門の規範「百丈清規(しんぎ)」を定めて自給自足の体制を確立。

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百科事典マイペディアの解説

百丈懐海【ひゃくじょうえかい】

中国,唐代の禅僧。諡(おくりな)は大智禅師。南宗禅の馬祖道一(ばそどういつ)より印可を受け,江西の百丈山に寺を建て,僧堂生活での自給自足の法〈百丈清規(しんぎ)〉を定め,これにより禅堂は,初めて独立した。

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世界大百科事典 第2版の解説

ひゃくじょうえかい【百丈懐海 Bó zhàng huái hǎi】

720か749‐814
中国,唐代の僧。大智禅師。姓は王。福州(福建省)の人。江西馬祖の禅をうけ,百丈山を創して禅院の独立をはかる。インド仏教の戒律で禁ぜられた生産労働を肯定し,これを普請とよんで,集団生活の基礎とするとともに,住持以下の職制を定め,百丈清規として成文化する。みずから率先して執労し,〈一日作(な)さずんば一日食わず〉と自戒したと伝え,門下に潙山霊祐黄檗希運などが出て,百丈山は盛期の禅の中心となった。語録一巻を伝え,塔録も存する。

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大辞林 第三版の解説

ひゃくじょうえかい【百丈懐海】

720?~814) 中国唐代の禅僧。馬祖道一の法を継ぐ。江西省百丈山に禅院を設立。僧団の規則「百丈清規しんぎ」を定め、寺院の自給自足体制をしいた。門下に黄檗希運・潙山霊祐いさんれいゆうなどがいる。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

百丈懐海
ひゃくじょうえかい
(749―814)

中国、唐代中期の禅僧。俗姓は王氏、諡号(しごう)は大智(だいち)禅師、また覚照(かくしょう)、弘宗妙行(ぐしゅうみょうぎょう)ともいわれる。福州長楽県の人で、20歳のとき西山慧照(せいざんえしょう)について出家し、南岳法朝(なんがくほっちょう)律師のもとで具足戒(ぐそくかい)を受けて大僧となり、ついで廬江(ろこう)の桴槎(ふさ)寺に赴いて大蔵経を閲読し大小乗の教理を明らかにし、さらに南康(江西省)において馬祖道一(ばそどういつ)に参禅し、3日間、耳が聾(ろう)するほどの一喝によって開悟したという。その後、帰信者の請いに応じて江西省の大雄峯(だいゆうほう)に建立された百丈山大智寿聖禅寺(だいちじゅしょうぜんじ)に住し、大いに禅風を鼓吹した。ことに大小乗の戒律に限定されない禅院独自の修道生活の規範、すなわち『百丈清規(しんぎ)』を制定し、禅院を律院から独立せしめた功績は、中国仏教史上に特筆されている。門下に山霊祐(いさんれいゆう)、黄檗希運(おうばくきうん)ら優れた弟子が現れ、五家七宗の一翼、(いぎょう)宗・臨済(りんざい)宗を形成するに至る。元和9年正月17日示寂。世寿66歳(『宋(そう)高僧伝』『景徳伝燈録(けいとくでんとうろく)』は95歳)。[小坂機融]

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世界大百科事典内の百丈懐海の言及

【住持】より

…もともとインド教団では,一所不住をたてまえとするから,住持の名称はありえない。中国で唐代に寺院制度が確立すると,百丈懐海が清規(しんぎ)を制して,教団を管理し弟子を指導する有徳の長老を,住持と名づけたことより始まる。住職【柳田 聖山】。…

【清規】より

…清衆,すなわち清浄大衆の規式の意。唐代,百丈懐海の創始という。インド仏教は,比丘の生活資財を乞食に求めて,生産や蓄財を禁じ,これを戒律に定めた。…

【禅】より

…さらに,祖師禅はインド伝来の戒律に代わって,清規(しんぎ)とよばれる新しい僧院の集団規則を生む。馬祖につぐ百丈懐海(ひやくじようえかい)の創意である。清規の特色は,集団による生産労働を肯定し,これを修行の作用としたことで,普請の法と名づけて師弟平等に力を合わせるのである。…

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