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中国福建(ふっけん/フーチエン)省福清県の南西にある山。黄檗(キハダ)を多く産するのでこの名がある。南山(なんざん)ともいう。禅宗の慧能(えのう)の法嗣、正幹禅師(しょうかんぜんじ)が唐代789年(貞元5)にこの地に般若(はんにゃ)堂を開き、8年後に福建寺と改称した。黄檗希運(きうん)はこの寺で出家して宗風をあげ、のちに江西(こうせい/チヤンシー)省へ移るが、この黄檗山の名は天下に聞こえ、宋(そう)代には臨済(りんざい)宗一派の大道場として繁栄した。16世紀なかばに至り、数度にわたる倭寇(わこう)の災で一山は灰燼(かいじん)に帰して衰えたが、その後の歴代住持による不断の復興努力によって、明(みん)代1614年(万暦42)には万福寺(まんぷくじ)の勅額を得てほぼ旧に復した。この山に住した隠元(いんげん)禅師は、1654年(承応3)に来日し、61年(寛文1)、故山にちなんで京都の宇治に黄檗山万福寺を創建した。
[里道徳雄]
中国江西(こうせい/チヤンシー)省武寧(ぶねい)県南西にある山。鷲峰(しゅうほう)山ともいう。山中に黄檗寺(別名は報恩光孝寺(ほうおんこうこうじ)、霊鷲寺(れいしゅうじ))があることから山名となる。また百丈懐海(ひゃくじょうえかい)の法嗣、黄檗希運(きうん)がこの山に住し、出家した福建(ふっけん/フーチエン)省の黄檗山にちなんで山名を黄檗とよんだとも伝える。臨済義玄(りんざいぎげん)はこの山中で黄檗の鉄鎚(てっつい)を受け、後の雲門文偃(うんもんぶんえん)の法嗣、法済(ほうさい)はこの山に住した。
[里道徳雄]
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