対人認知(読み)たいじんにんち(英語表記)person perception

最新 心理学事典 「対人認知」の解説

たいじんにんち
対人認知
person perception

対人知覚ともいう。主に,人が他者の性格や能力などの内面的特性をどのようにとらえるかを扱う社会心理学の領域。社会的認知social cognitionに含まれる概念として用いられる場合もある。人間関係の初期において,人が与えられた他者の情報からいかに印象を形作るかという印象形成の問題としても扱われている。アッシュAsch,S.E.が数個の特性の集まりから,他者の印象をどのようにとらえるかを実験的に研究したことから始まり,アンダーソンAnderson,N.H.の代数モデルを経て,多変量解析を用いた対人認知次元の研究へと進み,現在では一連の過程を情報処理過程として描いていく社会的認知アプローチが主流となっている。また,個人に対する認知だけでなく,集団や組織などの社会的対象の認知へと広がり,ステレオタイプ研究と密接な関係をもつ。

【アッシュの実験】 アッシュは,印象は特性語個々の意味の総和ではなく,特性の集まりによって一つのゲシュタルトとして成立するというゲシュタルト心理学の立場から,印象の全体的形成に関心をもち,その中で中心的な役割を果たす影響力の大きい中心特性と,中心特性の影響を受けて意味内容が規定される周辺特性とを区別した。また,最初に提示される特性語の影響が大きいとする初頭効果primacy effectを見いだした。個個の特性や記述を超えて,人が解釈を施す中で,豊かな意味づけや情報の補塡がされ,それが受け手の性質や状況によって変動することを示すような研究が後に続き,現在の社会的認知アプローチにつながる土台を形成した。

【個人的構成体理論personal construct theory】 ケリーKelly,G.A.は,他者の認知をめぐって個々人が形成する世界の違いに着目し,個々人が他者を認知するにあたって,その人にとって重要と考えられるコンストラクトとよぶ構成概念を取り出す役割構成体レパートリー・テスト(RCRT,Repテスト)を開発した。このテストの基になるのが,ケリーの個人的構成体理論である。自分の周囲にいるさまざまな人びとを区別する視点として,その人がよく用いるコンストラクトを知ることを通して,その人の世界把握に迫ることができると考えた。そして,他者を見る視点の複雑さの程度の個人差に着目し,これを認知的複雑性cognitive complexityとよんだ。その後,認知的複雑性研究は,多変量解析の手法とも結びつき,ビエリBieri,J.が既定の尺度への回答から認知的複雑性を算出する簡易的な方法を開発して以来,さまざまな算出法が提案され,認知的複雑性のほか,認知的統合性という概念も生み出された。さらに自由記述から評価するような方法も提案され,共感性や権威主義的パーソナリティ,曖昧さへの耐性など多くの個人差変数との関係が探究された。

【多変量解析アプローチ】 既定の特性形容詞に対する回答を因子分析する中から,対人認知の基本次元を知ろうとする動きが生じた。その後,基本次元の種類,用い方によって個人を分けていくことを目的とした因子分析以外の多変量解析multivariate analysisへと発展し,多くの成果を生み出した。現在有力な特性の5次元理論も,対人認知の5次元としてとらえることができる。

【社会的認知アプローチ】 1970年代後半になって,対人認知のプロセスを情報処理的な観点から理解しようとするアプローチが生まれた。他者の印象を一つの記憶表象であると考え,その対人記憶の形成,保持,歪みなどについて研究が行なわれた。たとえば,他者の情報が提示される際に,それを記憶するという教示よりも,印象を形成するという教示の方が全体的に再生数が多いことが見いだされ,印象形成は与えられた情報の間に有効な相互的つながりを構築し,精緻な処理がなされることがわかった。初期印象に対して一貫する情報と矛盾する情報のいずれがよく記憶されるかの問題や,直前に示された情報の影響を受けて印象が一定方向に誘導されうるという社会的プライミングsocial primingの研究などを生み出した。また,同時に集団の成員についての印象も扱われるようになり,その後,この動きを統合するような形で,ブリューワーBrewer,M.B.らによる二重過程モデル,フィスクFiske,S.T.らによる印象形成の連続体モデルが提唱されるに至った。彼女らの研究はいずれも,対人認知におけるステレオタイプ的なカテゴリー化を重視しており,フィスクらはそれを必須のもの,ブリューワーらは,カテゴリーを用いない個人化を想定するなど,いくぶんかの立場の違いはあるが,人が他者認知において往々にしてその人が属するカテゴリーイメージを利用し,基本的には,性別,年齢,人種など,また,情報がある場合には,職業,身分などのカテゴリーによって,ステレオタイプ的なイメージを当てはめてしまいがちであることを明示した。より個別的な印象を形成するには,対象への関心,印象形成への動機づけ,認知資源における余裕などが必要であることも示された。

 また,帰属過程と絡めて考えると,他者の行動の観察は必ずしも即座に行為者の特性的印象を定める必然性はない。すなわち,行動が状況を原因として生じていれば,行動から属性は推論されにくいと考えられる。しかしながら,観察者は,観察した他者の行動から特性を推論しやすく(対応バイアス),ユルマンUleman,J.S.らは,自発的特性推論という用語でこのような特性推論がきわめてすばやく自動的に生じることを主張した。ギルバートGilbert,D.T.らのモデルにおいても,行動の同定の後,まず属性の推論へと進行し,認知資源の余裕と動機づけがあるときに限って,状況を勘案し,属性推論を後から修正するというプロセスが提示された。

 さらに,ステレオタイプ形成においても,自動的なステレオタイプ知識の活性化段階と,他者にステレオタイプを適用する,あるいは修正し,控える段階を区別するドゥバインDevine,G.P.の分離モデルが提唱され,このような流れから,対人認知のプロセスは,自動的なプロセスと熟慮による統制されたプロセスの二つのプロセスの絡み合いから理解されるという二重過程モデルが大きな影響力をもつに至った。また,測定方法としても潜在連合テスト(IAT)などの潜在測定の技法が開発され,印象や好悪などを規定する要因が探究されている。

 一方では,認知心理学的なアプローチから人の顔の認知の研究も進み,NVC(非言語コミュニケーション)の認知との総合化も模索されている。近年では,さまざまなプロセス全般につき,それぞれのプロセスの詳細な特徴を把握するため,fMRIなどを用いた脳画像研究によって,関係する脳機能との対応づけについても研究が進められている。さらに,他者の意図の認知や,他者のリアルタイムの心の状態を推測するマインド・リーディングの研究も発展しており,発達心理学,比較心理学などで研究されている心の理論との乗り入れが進みつつある。 →顔の認知 →帰属 →社会的認知 →多変量解析
〔北村 英哉〕

出典 最新 心理学事典最新 心理学事典について 情報

日本大百科全書(ニッポニカ) 「対人認知」の意味・わかりやすい解説

対人認知
たいじんにんち
interpersonal perception
person perception
interpersonal cognition

同義の用語に対人知覚がある。他の人の感情や欲求、性格や社会的役割や地位などについて、人々がなんらかのイメージを形成することである。

[中村陽吉]

特徴

われわれが他の人の状態や個人的特徴について抱くイメージは、その人の顔つきや体格や服装といった外観的な情報とか、その人のいったりしたりすることや、別の人がその人に示す言動などのような行動的情報とかを材料として形成される。このように、対人認知は種々の情報をもとにその内容が決められるのではあるが、その内容がいつも当面の認知対象についての正確なものであるといった保証はない。得られた情報そのものが誤っていることもあろうし、得た情報をわれわれがゆがんだ受け取り方をすることも多い。認知する側の過去経験(たとえば、社会的地位の高い人には恰幅(かっぷく)のいい人が多いので、体格が堂々としている人を見ると一流企業の部長らしいなどと認知する)や、欲求(安くてよい住宅を探し求めている人は、よい物件があるという情報を提供してくれた人を、とても正直そうな人だと認知したりする)などのためにゆがめられることが多い。一般には、情報が不十分であるほど、わずかな情報に基づいて、認知者は自分に好都合なイメージをつくりやすいといわれている。対人認知の内容はわれわれの他者に対する行動に強い影響を与えるので、自分かってなイメージをつくりあげることは、人間関係を崩壊させてしまう危険がある。

[中村陽吉]

研究史と種類

進化論で名高いダーウィンは、1872年に人や動物の表情に関する報告を行っている。その後、心理学の領域でも、対人認知の研究は、表情からその人のそのときの感情状態やその人の性格などを知りうるか否かを、顔写真や図式的な顔を用いて問題とするものが多かった。これらの研究は現在でも非言語的コミュニケーションnonverbal communicationの研究と融合して引き継がれている。1946年にはアッシュS. E. Asch(1907―1996)が言語情報を基にしての印象形成impression formationについての研究を行い、1950年代には認知的斉合(せいごう)(均衡)cognitive balanceの観点からのハイダーF. Heider(1896―1988)による対人関係の認知が問題とされ、1960年代にはアーガイルM. Argyle(1925―2002)らによる視線の研究も始められ、さらに1970年代には帰属理論attribution theoryに基づく他者の行動の原因や責任の所在に関する認知の研究へと発展した。これらと相関連して、対人認知の歪曲(わいきょく)の問題もつねに研究の対象となっている。

[中村陽吉]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「対人認知」の意味・わかりやすい解説

対人認知
たいじんにんち

対人知覚」のページをご覧ください。

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