68年5月(読み)ろくじゅうはちねんごがつ

大学事典 「68年5月」の解説

68年5月
ろくじゅうはちねんごがつ

68年5月(あるいは五月革命)には二つの端緒がある。第1に,1966年5月に起きたシチュアシオニストによるストラスブール大学全学生協会事務所の占拠。そして第2に,1968年3月のパリ大学ナンテール分校における「3月22日」運動の創設である。シチュアシオニストにとっては,生きることは労働と余暇に分割できない快楽の漂流であり,ヴァネーゲムの『若者用処世術概論』(1967年)では,そうした分割(「疎外」とも「スペクタクル」ともいいかえられる)をこばむ生の実験をになうべき集団的な層としての「若者」=学生が見いだされている。のちの5月のパリの街路には,同書に着想を得た落書きが散見され,占拠されたソルボンヌの中庭の宙に舞ったのは,シチュアシオニストたちの「労働の廃絶」を訴えるビラだった。

 とはいえ,五月革命は特定の前衛に主導されたものではなかった。そのことを端的に示しているのが,第2の端緒としての「3月22日」運動(フランス)である。学生数の急増にともなってパリの郊外のナンテール校(フランス)にパリ大学の分校ができるが,設備はとうてい十分といえるものではない。また当時のナンテールには,アルジェリア移民のスラムもあった。矛盾はあらわである。にもかかわらず,ド・ゴール大統領は,大学は国家に奉仕するものと断言する。じっさい,新設のパリ大学ナンテール校のカリキュラムは,あからさまに学生を,既存の秩序のために労働する人的な資本とみなしていた。ヴェトナム戦争は続いている。北米では,学生による抗議活動はすでに始まっていた。多くの幹部が共産党員だったフランス学生全国連合(UNEF)は動かない。冷戦体制のもとで,ソ連はド・ゴールの反米政策を支持していた。フランス共産党は,そうしたソ連の強い影響下にあった。敵の敵は友という政治の論理がつらぬかれる。

 こうした状況で,コーン=ベンディット,D.が「3月22日」学生運動で頭角をあらわし,五月革命を象徴する人物となったのは偶然ではないだろう。ユダヤ系ドイツ人という,愛国的なド・ゴール主義者たちからは対蹠にあるようなその出自のイメージのみならず,彼の兄はアナキスムの理論家でもあった。しかも『日常生活批判序説』で知られるアンリ・ルフェーブル,H.も,ナンテールで教鞭をとっていた。ルフェーブルはシチュアシオニストの思想的源泉でもあるが,教員として運動を大学当局の取締りから守るだろう。共産党の介入をたくみにかわしつつ,左派の諸党派を対等にあつかい,さらには「小集団(グルピュスキュール)」の生成と繁茂がうながされる。運動の始まりは,ヴェトナム反戦委員会に参加したナンテールの学生の不当逮捕に対する抗議だった。それが郊外から都市の中枢へと伝播していく。5月3日,ナンテールの閉鎖に対して,ソルボンヌで抗議集会がひらかれる。学長の要請による警官隊の導入により学生が排除される。カルティエ・ラタンで学生と警官隊が衝突する。五月革命のはじまりである。

 一般に,五月革命はナンテール校の女子寮に恋人が宿泊する権利をもとめて始まったともいわれる。あるいは「舗石のしたには,砂浜があった」といった落書きに代表されるその文化的な側面が強調される。そこから五月革命に「資本主義の新たな精神」(ボルタンスキー)の発生をみてとることもできるだろう。五月革命は労働者が平等をもとめる社会的批判の実践というよりは,むしろ学生が自由をもとめる芸術家的批判の発現であり,資本主義は後者の芸術家的批判をとりこんで強力になった,と。だが,クリスティンロスも『68年5月とその後』で強調するように,そうした五月革命の射程を文化的な芸術家的批判に限定するのは,著名な当事者たちがつくりあげた彼ら自身がメディアで生き延びるための事後的な「コンセンサス」にすぎない。現実には,パリの美大生たちは,資本主義の打倒をかかげたポスター連日のように印刷したのであり,1000万人規模のゼネストはたしかに打たれた。学生と労働者は区別されない。ただ資本と国家に対する真剣な叛乱があった。

 したがって,問いは反転されなければならないだろう。五月革命は文化的なものでもなければ,自由や平等をもとめる批判的実践がおこなわれていたのでもない。フランス革命以後,自由とは資本が活動する自由であり,平等とは国家のもとでの平等にほかならない。そうした近代のプログラムそのものをしりぞけること。そして恋人と愛しあい,砂浜の平坦なひろがりを感じとること。もうだれの命令にもしたがわず,ともに生きていくこと。統治のヒエラルキーのない生をもとめる現実の欲望が世界に流れこんできたのであり,五月革命がわれわれに投げかけているのは,そうした流入をもたらす「大学のユートピア的機能」(ルネ・シェレール)のありかである。なぜ,国家と資本に対する叛乱が大学から始まったのだろうか。それは大学にとって本質的なことなのだろうか。われわれにとって「68年5月」を参照することは,こうした問いを反芻することにほかならない。問いはいぜんとして開かれたままである。
著者: 白石嘉治+谷口清彦

参考文献: 四方田犬彦・平沢剛『1968年文化論』毎日新聞社,2010.

参考文献: クリスティン・ロス著,箱田徹訳『68年5月とその後―反乱の記憶・表象・現在』航思社,2014.

出典 平凡社「大学事典」大学事典について 情報

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