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BASF ビーエーエスエフ

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

BASF
ビーエーエスエフ

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出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

BASF
びーえーえすえふ
BASF SE

ドイツに本社を置く総合化学メーカー。かつては、ヘキスト(現サノフィ・アベンティス)、バイエルとともに、ドイツ三大化学メーカーとよばれていた。2009年度『フォーチュン』誌(アメリカの経済誌)のグローバル500社のランキングでは第59位であるが、化学産業分野ではトップの地位にある。創立は1865年、エンゲルホルンFriedrich Engelhornによってライン川沿いのルートウィヒスハーフェンに設立された株式会社バーディシェ・アニリン・ウント・ソーダ・ファブリク社Badische Anilin-und Soda-Fabrik AGにさかのぼる。1871年、アカネの根から得られる赤い染料アリザリンを中心とした各種染料を製造し、それを独自の販売ルートによってヨーロッパ、アメリカに販売した。1897年、天然藍(あい)に含まれる青色成分インジゴの合成に成功し、総合化学会社への道を開いた。1908年、同社の化学者C・ボッシュらはハーバー‐ボッシュ法を開発し、1913年から同法による窒素肥料の生産を開始。1919年にはボッシュが社長に就任し、1925年の化学メーカー6社合同による新会社イー・ゲー・ファルベンの結成にも貢献した。同社は第二次世界大戦後に解体されたが、1952年にバイエル、ヘキストなどとともに再建を果たし、1974年には旧社名の頭文字をとってBASFと名称を変更した。
 第二次世界大戦後は国内需要に支えられて順調な発展を遂げ、1958年にはダウ・ケミカルと合弁でアメリカ進出を果たした。その後も積極的なアメリカ市場での事業展開のかたわら、1991年からはヨーロッパにおける天然ガス事業に乗り出した。1999年から2001年にかけて、ビタミンの価格カルテルを全世界的に実施していたかどで、アメリカおよびヨーロッパ連合(EU)のEU委員会から総額8億ドルの課金を命ぜられた。
 21世紀に入って、化学業界は世界的な市況悪化のなかで、従来の事業の見直しを迫られているが、BASFは同社の強みである石油化学工業、ガス関連事業のてこ入れを図りつつ、これまでの多角的総合経営の路線を追求している。
 2008年の売上高は623億0400万ユーロ。その構成をみると、化学17%、プラスチック・繊維16%、溶剤・機能性化成品14%、触媒・コーティング15%、農薬・香料・栄養関連5%、石油・ガス23%、その他10%となっており、石油・ガスの比重が高いことが特徴となっている。従業員数は9万6924人。
 日本には明治時代以来、染料「インディゴ・ピュアBASF」などの製品で市場参入しているが、本格的な輸入・販売が始まったのは、1949年(昭和24)にBASFの製品を取り扱うカラケミー貿易が設立されてからである。1974年に社名を変更し、現在のBASFジャパンとなった。[湯沢 威・所 伸之]

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