デジタル大辞泉
「COMECON」の意味・読み・例文・類語
コメコン【COMECON】[Council for Mutual Economic Assistance]
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コメコン【COMECON】
- ( [英語] Council for Mutual Economic Assistance の略 ) 経済相互援助会議。一九四九年、ソ連と東欧社会主義諸国間の経済協力を目的として設立された国際機構。ソ連、東欧諸国のほかに、モンゴル、キューバ、ベトナムなども加盟していたが、九一年、ソ連の崩壊により解散。
出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報 | 凡例
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「COMECON」の意味・わかりやすい解説
COMECON【コメコン】
経済相互援助会議Council for Mutual Economic Assistanceの略称。1949年ソ連を中心として東欧諸国が結成した経済協力機構。1947年米国提案の西欧諸国経済復興計画(マーシャル・プラン)に対抗したもの。国際分業に基づく計画経済を推進,1950年代以降諸国間を結ぶ石油パイプライン建設など具体的な経済協力,工業化の面でも成果が上がった。しかし,諸国間の経済発展段階の差異が大きくソ連中心主義になりやすいことや,国際情勢の変化などから,各国は独自の行動をとる傾向が現れ1962年にはアルバニアが事実上離脱した。本部はモスクワ。加盟国は東欧以外のキューバ,モンゴル,ベトナムを加え10ヵ国であったが,東欧諸国の非共産化,ソ連邦の消滅により,1991年9月解体された。
→関連項目ソビエト連邦|第2次世界大戦|ドイツ民主共和国|ルーマニア
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COMECON(コメコン)
Council for Mutual Economic Assistance
ソ連,ブルガリア,チェコスロヴァキア,東ドイツ,ハンガリー,モンゴル,ポーランド,ルーマニアなどの間に樹立された経済相互援助会議の略称。西側のマーシャル・プランに対抗して,1949年にソ連と社会主義諸国の間につくられた。当初はみるべき成果もあがらなかったが,50年代後半から国際分業といった方向での具体的な経済協力が図られるようになり,例えば諸国間に友好送油パイプ・ラインが敷設された。しかし,諸国の経済発展段階の著しい差異が弱点で,ソ連中心主義に傾きやすいことへの不満も強く,62年のアルバニアの離脱や,ルーマニアの独自の動きを生み,91年正式な解散がなされた。
出典 山川出版社「山川 世界史小辞典 改訂新版」山川 世界史小辞典 改訂新版について 情報
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COMECON
コメコン
Council for Mutual Economic Assistance(東欧経済相互援助会議)の略称。ソ連を中心とした共産圏諸国の経済協力機関
マーシャル−プランへの対抗措置として1949年設立。参加国はソ連・チェコスロヴァキア・ポーランド・ブルガリア・ハンガリー・ルーマニア・アルバニア(事実上,1961年末より脱退)・東ドイツ・モンゴル・キューバ(1972年加盟)・ヴェトナム(1978年加盟)。加盟国の経済技術協力,相互援助を目的とし,経済活動の分業化を進めたが,1991年に解体した。
出典 旺文社世界史事典 三訂版旺文社世界史事典 三訂版について 情報
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