DNA(ディーエヌエー)を鋳型として相補的なメッセンジャーRNA(messenger RNA略してmRNA、伝令RNAともいう)を合成する酵素。DNA依存性RNAポリメラーゼ(DNA dependent RNA polymerase)略してRNAポリメラーゼとよばれ、この酵素の働きを転写という。そのために転写酵素transcriptaseとよばれていたこともある。DNAの塩基、アデニン、チミン、グアニン、シトシンにそれぞれ対応して、相補的な塩基対をつくるウラシル、アデニン、シトシン、グアニンをもったリボヌクレオシド三リン酸を5'から3'の方向に重合し、鋳型となるDNAと相補的なmRNAを合成する。
細菌の酵素は4種類のサブユニットが会合した巨大分子(分子量45万)である。細菌に感染するファージ(バクテリオファージ)ではファージ独自の酵素をつくったり、あるいは宿主の酵素をファージのmRNA合成に適したように修飾したりするものもある。真核生物の場合には3種類の酵素が存在しており、α(アルファ)はおもにリボソームRNAの合成、β(ベータ)はmRNAおよびマイクロRNA(microRNA略してmiRNA)合成、γ(ガンマ)は低分子RNA(tRNAや5SRNAあるいはスプライシング=切断加工にかかわるsnRNA)合成と、機能が分化している。
RNAポリメラーゼが結合して転写を開始する領域をプロモーターpromotorとよび、転写を制御している部分をオペレーターoperatorという。このほかに転写の効率を調節している領域としてアテニュエーターattenuatorやエンハンサーenhancerなどがあり、これらすべての作用で遺伝子の発現の有無が決められている。また、転写の終結には特別な塩基配列や転写終結因子が関与する場合が知られている。真核生物のRNAポリメラーゼは、転写開始部位に直接結合できないため、転写開始を促す基本転写因子が必要である。また、たくさんの転写調節因子群が存在している。この真核生物の転写調節機構の解明により、R・D・コーンバーグは2006年のノーベル化学賞を受賞している。
RNAを遺伝子としてもっているファージやウイルスの場合には、RNA依存性RNAポリメラーゼ(RNAレプリカーゼRNA replicaseともいう)があり、またRNAを鋳型として相補的なDNAを合成する逆転写酵素reverse transcriptase(すなわちRNA dependent DNA polymerase)をもっているものもある。
[菊池韶彦]
『J・D・ワトソン他著、中村桂子訳『遺伝子の分子生物学』第5版(2006・東京電機大学出版局)』▽『B・ルーウィン著、菊池韶彦他訳『遺伝子』第8版(2006・東京化学同人)』▽『B・ルーウィン著、菊池韶彦他訳『エッセンシャル遺伝子』(2007・東京化学同人)』▽『L・ハートウェル他著、菊池韶彦監訳『ハートウェル遺伝学』第3版(2010・MEDSI)』
DNA依存性RNAポリメラーゼの略記。転写酵素transcriptaseとも呼ばれる。DNAの塩基配列を鋳型にして,リボヌクレオシド三リン酸を重合させ,RNAを合成する働きをする酵素。基質となるリボヌクレオシド三リン酸は,アデノシン三リン酸(ATPと略す),ウリジン三リン酸(UTP),グアノシン三リン酸(GTP),シトシン三リン酸(CTP)の4種類で,それぞれ塩基部分が異なる。重合はヌクレオチド間のホスホジエステル結合の形成にあり,その際にピロリン酸(二リン酸ともいい,PPiと略記)が放出される。鋳型DNAのA(アデニン),T(チミン),G(グアニン),C(シトシン)の4塩基に対して,それぞれに相補的なU(ウラシル),A,C,Gの塩基をもつリボヌクレオシド三リン酸が対合し,酵素の働きで重合していく。結果として,鋳型DNAに対し相補的な塩基配列をもつRNAが合成される(遺伝情報の転写)。反応過程は,まずDNA上のRNA合成開始を指令する塩基配列部位(プロモーター)に酵素が結合し,DNAの二重らせん構造を局所的にほどいて,DNAの一方の鎖を鋳型にRNAが合成される。RNA鎖の伸長の方向は5′末端側から3′末端側へ向けて起こる(この方向性については〈核酸〉の項目を参照)。
原核生物では細胞内に存在するRNAポリメラーゼは1種類である(少なくとも基本型は1種類で,多少変化した型が混在することは考えられる)。一方,真核生物については,合成するRNAの種類別に異なった酵素が存在する。すなわちリボソームRNAはポリメラーゼⅠ型で,メッセンジャーRNAはⅡ型で,転移RNAと5S-RNAはⅢ型で合成される。一般にRNAポリメラーゼは大型の酵素で,サブユニット構造をとるのが通例である。大腸菌の場合には,分子量が約50万程度で,5個のサブユニット(α2ββ′σ)よりなる。ウイルスによっては独自のRNAポリメラーゼをもつものもあるが,この場合にはサブユニット構造をとらない例もある。
→核酸
執筆者:池村 淑道
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
転写酵素ともいう.鋳型DNA,あるいはRNAの塩基配列と相補性を保ちながら,基質であるリボヌクレオシド三リン酸を一リン酸の形で結合させ,RNAを合成する酵素.一般に,DNA依存RNAポリメラーゼをさすが,広義には,RNAウイルスにみられるRNA依存RNAポリメラーゼ(RNAレプリカーゼ)を含む.RNAポリメラーゼにはⅠ,Ⅱ,Ⅲが存在し,それぞれrRNA,タンパク質,tRNAをコードする遺伝子の転写を行っている.[CAS 9014-24-8]
出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報
…【丹羽 修身】
[遺伝情報の転写]
DNA上に塩基配列として書き込まれている遺伝情報を,RNA分子として読み出す過程を転写transcriptionという。DNAを鋳型にRNAポリメラーゼの働きで,リボヌクレオシド三リン酸を基質にRNAが合成される。RNAポリメラーゼが,DNA上の転写開始を指令する部位(プロモーターpromoter)にまず結合し,DNAの二重鎖を局所的に解離させ,そのうちの1本の鎖を鋳型に相補的なRNAを合成する。…
※「RNAポリメラーゼ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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