EBMと個別診療

内科学 第10版 「EBMと個別診療」の解説

EBMと個別診療 (内科学総論)

 医師は診療にあたって,まず自己の知識や経験のみに基づいて行うのではなく,科学的で客観的な根拠となる臨床データを取り入れて診療方針をたてねばならない.少なくとも診療ガイドラインを順守したうえで,個々患者病態を的確に把握して診療を行うことが必要である.このような科学的な根拠に基づいた医療(evidence based medicine:EBM)が医療の基本であり,それなくしては,医療の公平性,透明性を確保することは難しく,医療の質を保障することも困難となる.
 それでは,医療における客観的で科学的な根拠(医療におけるエビデンス)とは何か.
 従来は,疾患の病態生理を解明し,その理解に基づいた治療が科学的であり,最善であると考えられていた.しかし,実際に治療して患者の予後がどのように変わったのかという臨床的結果(clinical outcome)を解析してみると,病態生理の視点に基づく治療が必ずしも最適であるとは限らないことが明らかとなった.そこで,無作為に割付を行って,治療の効果を比較する臨床試験(randomized controlled trial:RCT)の結果が,客観的な医療の科学的根拠とされるようになった.RCTのデザイン,すなわち,結果の客観性の高さから,科学的根拠(エビデンス)としての重要性が決まることから,その位置づけの整理が行われている(表1-1-1).
 このようなEBMの重要性が広く認識されるようになったのは,以下のような事例があったからである.心筋梗塞の患者は致死的な不整脈を伴って突然死をきたす危険性が高いので,不整脈を有する場合には予防的に抗不整脈薬を投与し,突然死を防止する治療が広く行われていた.ところが,1991年に発表されたCAST試験(cardiac arrhythmia suppression trial)の結果により,このような心筋梗塞の患者に抗不整脈薬を投与した場合,投与しない群と比較して突然死をむしろ増加させることが明らかとなり,抗不整脈薬投与は慎重に適応を検討するところとなった.
 治療がこのように病態生理的な妥当性のみからでなく,臨床で実際に行われたときの効果に基づいて実施されること,すなわち,「何となく正しそうな」医療から,根拠をもった,より質の高い効率的な医療に転換したことが,EBMのもたらした効果である.しかし,最新の科学的根拠についての情報を的確に把握することは,必ずしも容易ではない.教科書は基本的概念と知識を習得するには必須であるが,このような視点からは十分とはいえない.学術誌は,常に最新情報を提供しているが,無秩序であり把握が困難である.その結果,知識や診療能力は劣化し,これを患者が代償することになる.そこで,多忙な医師に的確にEBMの最新のエビデンスを伝えるためのシステムを十分に整備する必要がある.最近は各専門学会が社会的使命として,その専門分野の診療に関するエビデンスを網羅的に収集して分析し,診療ガイドラインを作成して定期的に改訂しており,EBMの推進に大きく貢献している.
 一方,このようなEBMの基本となるエビデンスは,患者を群に分けて結果を比較したものであり,個々の患者を必ずしも識別して得られた結果ではない.医療は科学として普遍性を目指しているものの,最終的には個を扱う知識と技術といえる.個々の患者は固有の病態を有するばかりでなく,生涯の履歴をもち,特定の社会環境をもった人格であることを認識し,総合的にアプローチをすることも欠かせない.すなわち,1人ずつ異なった患者に対して,普遍的な治療手段を適用するにしても,その適用は個別的に異なることも認識しなければならない.すなわち,個別診療の重要性である.
 そこで,患者の診療にあたっては,最新のエビデンスに基づいた診療ガイドラインを順守したうえで,個々の患者の病態と生涯の履歴と価値観に応えて実施することが求められている.患者も,受けている医療がエビデンスに基づいていることの説明を受けることにより,良質で安心な医療であることが理解でき,また自己の価値観が反映された医療を受けられれば,医療に対する満足度がさらに増すことになる.[矢﨑義雄]

出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報

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