日本大百科全書(ニッポニカ) 「g因子」の意味・わかりやすい解説
g因子
じーいんし
g-factor
原子またはイオン内では多数の電子が原子核の周りを回転している。それらのうち外殻電子がもつ全磁気モーメントと全角運動量の比を原子的単位で測った単位のない値をg因子という。 のように原子核の周りを回転している電子は回転運動に伴う軌道角運動量ベクトルLをもつ(図では1個の電子が描かれているが、実際の原子では複数個の外殻電子が寄与することが多く、その場合は合成された角運動量を考える)。電子の回転運動は円電流と同等なので、この電子は磁気モーメントベクトルmOをもち、mOはLに比例する。ただし、電子の電荷が負であることに対応して、ベクトルmOとLは逆向きである。式で表わせば、mO=-μBLとなる。μBはボーア磁子とよばれ、電子の磁気モーメントの原子的単位である(μB=eħ/2mc=0.927×10-20 erg/G=10-24 J/T:eは電子の電荷、mは電子の質量、cは光速度、ħはプランク定数である)。電子の全磁気モーメントMが電子の軌道運動のみによる場合は、M=mOで、表記のg因子はg=|mO/μBL|=1となる。また、電子は軌道角運動量のほかに、スピンとよばれる(自転に相当する)スピン角運動量ベクトルSをもち、Sに比例する(Sとは逆向きの)磁気モーメントベクトルmSをもっている。量子力学から、mS=-2μBSと求められる。したがって、Mがスピンのみによる場合は、g=2となる。一般的には、全磁気モーメントMはmOとmSの和となり、M=<mO+mS>と表わされる。ここで、<>は量子力学的平均を意味する。Mを実験的に測定することは容易であるが、理論的に計算することは、個々の物質ごとに量子力学的に実行しなければならないので非常に複雑である。一方、角運動量を実験的に測定することはむずかしいが、表題のg因子を実験的に測定することは容易である。そこで、g因子を測定すれば、S、L(つまり電子状態)についての情報を得ることができる。
g因子は磁気共鳴やアインシュタイン・ドハース効果により測定されるが、後者で測定された値はg'因子とよばれる。鉄・コバルト・ニッケルなどでは、実験値はいずれも約2である(実験値はgが2よりわずかに大きく、g'はわずかに小さい)。したがって、これらの磁気モーメントは大部分が電子スピンに由来することがわかる。種々の化合物内で磁気モーメントをもつ原子の外殻電子は、結晶内で軌道角運動量が消失または非常に小さくなっていることが多い。軌道角運動量が寄与するような場合には、2から大きくずれることもある(1と2の中間の値とは限らない)。
g因子は電子の状態についての情報を提供する重要な量であるが、1970~1980年代以降は、電子状態の情報を得るほかの測定手段の発展などにより関心が薄れてきたようである。
[宮台朝直]
『キッテル著、宇野良清他訳『キッテル固体物理学入門』上下・第7版(1998・丸善)』