光源を磁場の中においたとき,原子のスペクトル線(発光線)が分裂する現象。1896年,P.ゼーマンがブンゼン炎中の食塩から発するナトリウムのD線が1T程度の磁場中で広がるのを観測したのが最初で,彼は,すぐ後に分解能を改良して発光線が実は数本に分裂していることを確認した。発光線の分裂は,初めH.A.ローレンツによって古典力学に基づいて説明されたが,完全な説明は量子力学によらねばならない。発光線が分裂するのは,電子の磁気モーメントと磁場の相互作用によって原子内の電子のエネルギー準位が分裂するためである。
電子の角運動量の合成としての角運動量L(プランクの定数hの1/2π倍を単位とする)をもつ原子は,Lに比例した磁気モーメント(これもまた各電子の磁気モーメントが合成されたものである)をもち,磁束密度Bの磁場の中で,原子のエネルギー準位(電子の集団で構成される原子の準位)は,Lの磁場方向の成分M(M=-L,-L+1,……,0,……,L-1,L)に従って2L+1本の等間隔な磁気準位μbMBに分裂する。ただし,μbはボーア磁子と呼ばれる磁気モーメントの単位で,電子の電荷を-e,質量をmとすると,μb=eh/4πm=9.27×10⁻24J・T⁻1(CGS単位ではeh/4πmc=9.27×10⁻21erg・G⁻1)である。例として,磁場がないときhν0(ν0は光の振動数)だけ離れたL=2とL=1の準位の分裂とゼーマン効果を図1に示す。上下の準位の分裂の間隔は等しく,発光が起こるのは選択則により上下の状態の量子数差が|⊿L|=1,|⊿M|=0,1の場合に限られるので,発光を観測する方向と磁場の配置に応じて図1のようなスペクトルが期待される。振動数のずれ⊿νの大きさは磁束密度に比例し,1T当りe/4πm=1.400×1010Hz(波数に換算すると1T当り46.70m⁻1)である。このように1本の発光線が磁場をかけると偏光した3本の等間隔な線に分裂する特性は,カドミウムや亜鉛での観測結果およびローレンツの古典論の結論に一致するので正常ゼーマン効果と呼ばれる。
しかし,多くの場合,発光線の分裂はもっと複雑である。この現象は伝統的に異常ゼーマン効果と呼ばれていて,1925年,G.E.ウーレンベックとS.A.ハウトスミットがスピンを導入するまでは,微細構造の存在と並んで原子スペクトルのなぞとされてきた。ナトリウムのD線も実はこの一例である。電子の軌道角運動量LとスピンSは結合して全角運動量Jの準位をつくり,磁場をかけると,前と同様に,この準位はJの磁場方向の成分Mj=-J,-J+1,……,J-1,Jに従って2J+1本の磁気準位gμbMjBに分裂する。gはランデのg因子と呼ばれ,で与えられる。その値はJ,L,Sによって変化するが,これは,軌道角運動量とスピンとでは磁気モーメントへの寄与のしかたが違うからである。発光の前後の準位のgの値は一般に等しくないので,ゼーマン効果は図2に一例を示すように複雑になる(この例では6本の線が認められる)。原子内電子のスピンの和が0になっている一重項の間の遷移ではJ=Lなのでg=1となり,正常ゼーマン効果が観測される。また,磁場が強くなって磁気準位の分裂が多重項の間隔よりも大きくなると,異常ゼーマン効果は正常ゼーマン効果に移行して,スペクトルは簡単になる。これは,パッシェン=バック効果として知られている。
ゼーマン効果は,電子線によって電子の存在が確立する以前に電子の電荷の符号および電荷と質量の比e/mの決定を可能にした点で,発見当初の歴史的意義は大きい。その後,さまざまな原子のゼーマン効果の研究は,シュタルク効果と並んで,ボーアの原子模型から量子力学に至る原子構造論に確固たる実験的証拠を提供し,かつ電子スピンの発見をもたらした。ゼーマン効果は現代の天文学において,太陽黒点中の磁場の測定や強い磁場をもつ星の観測などに広く応用されている。
なお,ゼーマン効果の名称は,原子に限らず分子,固体の発光や吸収スペクトルの磁場効果について広く用いられることがある。ゼーマン効果で分裂した原子,分子,固体の準位間の電磁波の吸収は,磁気共鳴として知られ物性研究に利用されている。原子核のゼーマン効果もある。
執筆者:鈴木 勝久
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磁場中に置かれた原子や分子の発光または吸収スペクトル線が、磁場の作用によって分裂する現象。1896年オランダの物理学者P・ゼーマンが発見した。彼は、ナトリウムの黄色線(D線)の幅が磁場中で広がることを観測した。数年後にH・A・ローレンツは古典的電磁気学理論に基づき、スペクトル線の放射は原子内電子の回転によって生ずると考え、磁場によって電子の回転数が変化することを理論的に示し、ゼーマン効果を説明すると同時に、光の放射の原因を解明することに成功した。ゼーマン効果によって分裂したスペクトル線の各成分線は、磁場の方向から観測すると、左または右回りの円偏光であり、磁場に垂直な方向から観測すると、磁場の方向に偏りをもつ直線偏光(π(パイ)成分)と、磁場に垂直な方向に偏りをもつ直線偏光(σ(シグマ)成分)とからなっている。後者のほうが磁場のない元のスペクトル線の位置からのずれが大きい。原子の状態が電子のスピン(電子の固有角運動量で、当初は電子の自転のために生じたものと考えられた)に関係しない場合には、磁場に垂直な方向から観測するとき、スペクトル線はσ、π、σの3本に分裂する。これを正常ゼーマン効果による三重線という。電子のスピンが関係している状態では、ゼーマン効果はもっと複雑で、本数も多く、また分裂間隔も前述の値ではなくなる。この場合を異常ゼーマン効果という。磁場の強さが非常に強い場合には、異常ゼーマン効果による複雑な分裂線も、大きく分ければ三つの群をなし、間隔は正常ゼーマン効果の値に近い。この現象をパッシェン‐バック効果という。
原子や分子にみられる磁場によるエネルギー準位の分裂は、液体や固体においても現れ、それによる光学的性質の変化を一般に磁気光学効果という。固体においては、発光スペクトルや吸収スペクトルの線幅は一般に非常に広いので、磁気光学効果もスペクトル線の分裂としては観測できないが、ファラデー効果(物質中を磁界に平行に直線偏光を通したとき、偏光面が回転する現象)や、磁気円偏光二色性(物質を通過する際に生ずる吸収の強さが、右回り円偏光と左回り円偏光とで異なる現象)として観測される。
[尾中龍猛・伊藤雅英]
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磁気モーメントが磁場中にあるときのエネルギーは,磁気モーメントの向きによっていろいろな値をとるが,量子力学では,磁気モーメントの磁場方向の成分は量子化されるため,エネルギーは離散的となる.このため,磁気モーメントをもつ原子核,原子,分子は,磁場中で磁気量子数に関する縮退がとれてエネルギー準位が分裂し,その結果,原子や分子のスペクトル線は数本に分かれる.この現象をゼーマン現象といい,分裂したエネルギーをゼーマンエネルギーという.[別用語参照]正常ゼーマン効果
出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報
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