改訂新版 世界大百科事典 「核酸分解酵素」の意味・わかりやすい解説
核酸分解酵素 (かくさんぶんかいこうそ)
nuclease
生物は核酸(DNAやRNA)を合成する酵素と同時にそれを分解する酵素ももっている。核酸分解酵素は多種類の酵素の総称であり,これは高分子量の核酸を分解するもの(ポリヌクレオチダーゼ)と核酸の構成単位であるヌクレオチドやヌクレオシドを分解する酵素に分類されるが,ここでは主に前者について述べる。核酸分解酵素の種類は合成酵素よりもはるかに多く,生命維持のために必要な,きわめて多様な役割を果たしている。
核酸分解酵素は,まず基質の種類(DNAかRNAか)によって大きくデオキシリボヌクレアーゼ(DNase)とリボヌクレアーゼ(RNase)に分けられる。また,核酸の切断される位置の塩基配列に高い特異性のあるもの(制限酵素),反対にほとんどないもの,また核酸分子の末端から順々に切断を行うもの(エキソヌクレアーゼ),中間を切断するもの(エンドヌクレアーゼ),あるいはまた二本鎖の核酸を切断するもの,一本鎖を特異的に切断するものなど,その切断の様式はさまざまである。
リボヌクレアーゼの中でよく研究されているものの一つにリボヌクレアーゼT1がある。この酵素は1959年に江上不二夫らによりタカジアスターゼから精製されたものであるが,切断の位置が非常に特異的である。すなわち,4種の塩基のうちグアニンのみを認識してリン酸エステル結合を加水分解する。この高い特異性は,RNA分子の塩基配列を決定するうえで大きく貢献した。最近特に注目を浴びている一群のリボヌクレアーゼは,DNA塩基配列を転写したRNAを切断して機能的に活性化させるものである。たとえば,遺伝情報の翻訳に重要な役割を果たす転移RNA(tRNA)はDNAから転写されたままでは一般に機能できず,この前駆体tRNAがいくつかのリボヌクレアーゼに切断されてはじめて機能を持つようになる。また,高等生物の伝令RNA(mRNA)も,転写されたままのものではタンパク質構造を決定するのに不必要な塩基配列部分(イントロンと呼ばれる)が含まれている場合が多く,リボヌクレアーゼによりこの不要部分が切り取られ,さらに必要部分がつながれること(切ってつなぐこと両方を含めてスプライシングと呼ぶ)が必要である。これらの例は,リボヌクレアーゼが遺伝情報の発現の調節に関与していることを示している。さらに,リボヌクレアーゼはDNAの複製にも必須である。DNAの合成開始時に,小さなRNAが出発点(プライマー)として働くが,DNA複製完了のためにこのRNAは消化されねばならない。大腸菌では,DNA合成酵素自体にリボヌクレアーゼ活性が存在することが知られている。
一方デオキシリボヌクレアーゼも多彩な生理機能を営んでいる。DNAに蓄えられている遺伝情報を保存するために,細胞はDNAに生じた傷害を修復する機能を有するが,この修復機構にこれが重要な役割を果たしている。たとえば,紫外線照射されたDNAにはピリミジン二量体が橋かけ反応で形成される。細胞はピリミジン二量体を除去しない限りDNAを複製することができず,したがって正常に増殖できない。そこで修復機構が働く。ピリミジン二量体を認識してその部分をDNA二重鎖から切り出してしまう複数のデオキシリボヌクレアーゼが動員され,ついで正常な塩基配列に戻す酵素が働き,DNAが修復される。ヒトの遺伝病の一つに,この修復に必要なデオキシリボヌクレアーゼが欠損していることによって,皮膚癌などが多発するものがある(色素性乾皮症)。
デオキシリボヌクレアーゼはまた,遺伝的組換えにも重要な役割を果たしている。さらに最近特に遺伝子工学,DNA塩基配列の決定などで重要性を増しているのは制限酵素と呼ばれる一群の,高度の特異性を持ったデオキシリボヌクレアーゼである。制限酵素は,細菌が,自己のDNA以外の外来性DNAが細胞内に侵入してきた時にそれを分解する生物的意義をもつものとして発見された。特定の塩基配列(4~6塩基)を有する個所を認識して切断するということがその著しい特徴であり,現在までに種々の細菌から多数の異なった種類の制限酵素が分離されている。長大な二重鎖DNAは制限酵素によって特定の断片に分解され,断片は電気泳動などの方法によって分離される。制限酵素の発見は,前述のリボヌクレアーゼT1の場合と同様,DNAの構造の解析に画期的な進歩をもたらした。さらにいわゆる遺伝子工学の誕生のための重要な条件でもあった。
核酸分解酵素は,ここで例として述べた機能のほかにも核酸の代謝過程などに重要な役割を果たしている。今後研究の進歩によりますますその多様な機能が判明するであろう。
執筆者:柳田 充弘
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報