日本大百科全書(ニッポニカ) 「静脈麻酔」の意味・わかりやすい解説
静脈麻酔
じょうみゃくますい
全身麻酔の方法の一つで、麻酔薬を静脈内に注入することによって、麻酔効果を得る方法である。全身麻酔をするには、麻酔薬が血液で運ばれて脳に作用すればよいので、これを静脈内に注入することはもっともてっとり早い方法である。この方法を用いると、血中濃度は速やかに上昇するので、麻酔の導入も速やかで、すぐに麻酔が深くなる。したがって、患者も瞬間的に眠ってしまうので、まったく苦痛がない。また、吸入麻酔と異なり、気管が刺激されることもなく、注射器1本あれば簡単に実施できるという利点もある。
かつては静脈麻酔が単独の麻酔法として一般の手術に広く用いられなかった。その理由は、ひとたび深くなった麻酔をすぐに浅くする方法がないこと、そして静脈麻酔薬は呼吸抑制作用があり、また大部分のものには鎮痛効果のないことなどである。これまでは、静脈麻酔は単独では、痛みの強くない短時間の手術や操作の麻酔に限られ、多くの場合は、吸入麻酔の導入、局所麻酔時の患者の鎮静、笑気麻酔あるいは吸入麻酔の補助などに応用されてきた。しかし、近年では超短時間作用性の麻薬性鎮痛薬が使用できるようになり、それと併用することによって全静脈麻酔の実施例が年々増加してきている。
現在用いられている静脈麻酔薬としては、チオペンタール、ケタミン、プロポフォールがあるが、このなかではケタミンが唯一鎮痛作用をもつもので、これは小児では筋肉内注射にも用いられている。プロポフォールは作用時間がきわめて短いため、持続注入法により用いられ、これに鎮痛薬やその他必要な薬をすべて静脈内に注入することにより、吸入麻酔薬をまったく使わずに、全身麻酔を行うことができる。これを全静脈麻酔(完全静脈麻酔)とよんでいる。ニューロレプトアナルゲジア(略称NLA。「眠りなき全身麻酔」とよばれる)に用いられる薬も、広い意味では静脈麻酔薬に入る。
[山村秀夫・山田芳嗣]