十字架(読み)ジュウジカ(英語表記)Staurós ギリシア語

デジタル大辞泉 「十字架」の意味・読み・例文・類語

じゅうじ‐か〔ジフジ‐〕【十字架】

木を十字形に組み、罪人をはりつけにするときに用いた処刑道具。
イエスが磔にされたところから》キリスト教を象徴する十字形のしるし贖罪しょくざいの犠牲、罪や死に対する勝利、また苦難を表す。早くから礼拝の対象とされた。クロスクルス
罪の意識や課せられた苦難などをたとえていう語。「重い十字架となって背中にのしかかる」

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精選版 日本国語大辞典 「十字架」の意味・読み・例文・類語

じゅうじ‐かジフジ‥【十字架】

  1. 〘 名詞 〙
  2. 罪人をはりつけにする刑具。柱の上部に横木を添えて十字形に作り、罪人の両手を左右に開かせてくくりつけ、鎗(やり)などで突き刺したり、火をかけたりして殺すもの。
    1. [初出の実例]「十字架に死したる教祖の記録は」(出典:自由之理(1872)〈中村正直訳〉二)
  3. イエス‐キリストがはりつけにされたところから、キリスト教徒が尊敬・名誉・贖罪(しょくざい)・犠牲・苦難の表象として礼拝し、また装飾として用いる十字形の標識。イエス‐キリストの十字架上の死で、神への完全な従順と、人間へのもっとも現実的な愛を示すものとなった。クロス。クルス。
    1. [初出の実例]「其一端には新らしき十字架ありて建てるを見たり」(出典:琵琶伝(1896)〈泉鏡花〉四)

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「十字架」の意味・わかりやすい解説

十字架
じゅうじか
Staurós ギリシア語
cross 英語

十字に組み合わせた木を用いた処刑の道具。これによりイエス・キリストが処刑されたことから、キリスト教の象徴になる。

[鈴木範久]

苦難や死・罪からの解放

十字架に罪人の体を縛り付け、ときには両手を釘(くぎ)で打ちつけたりする処刑方法は、フェニキアをはじめ古代諸国で行われていた。ローマでは、奴隷や凶悪犯に使われた。ユダヤ地方を治めていたローマ総督ピラトにより、イエスは強盗犯人2人とともに十字架で処刑された。このことは、イエスが卑しい人間の扱いを受け、極刑に処せられたことを表す。『新約聖書』のイエスの伝記である福音書(ふくいんしょ)では、十字架ということばが、早くも重荷・苦難などを意味するものとして用いられている(「マタイ伝福音書」10章38、16章24)。あるいはまた、恥多き死や屈辱に対する忍耐(「ヘブル書」12章2)を表すこともある。同じ『新約聖書』の「パウロの書簡」になると「わたしの内の古き人はキリストと共に十字架につけられた」(「ロマ書」6章6)のように、古きものの死、罪からの解放を表すものになっている。この世的なるものや肉の情欲にとらわれていた自己に、死んで新しい生の世界が与えられたことのしるしとされる。「エペソ書」や「コロサイ書」では、イエスの十字架の死が、神との和解であるという贖罪(しょくざい)思想がみられる(「エペソ書」2章16、「コロサイ書」1章20)。

 十字架をもってキリスト教の象徴としたことは、迫害下に地下の墓地(カタコンベ)に設けられた教会の壁などに、その形が描かれていることでわかる。コンスタンティヌス帝が、空に十字架のしるしと「このしるしで勝て」と書かれた文字を見て、十字架を軍旗としたという話は名高い。

[鈴木範久]

礼拝の対象

十字架は、やがてキリスト教の象徴であるだけにとどまらず、礼拝の対象となった。初めは十字架だけが祭壇に置かれたが、のち、キリストの磔(はりつけ)像を伴うようになった。そのキリスト像には王冠をつけ、罪・死に対する勝利者としてのキリストから、人類の救済のため、贖罪の苦難のキリストへ、という変遷もみられる。

 復活祭前の金曜日は、キリストが十字架につけられた受難日、受苦日とされ、ローマ・カトリック教会では十字架に接吻(せっぷん)する儀式が執り行われる。指で十字架のしるしをつくる儀礼は、「父と子と聖霊の御名(みな)によりて」を唱え、ローマ・カトリックでは額、胸、左肩、右肩の順、東方教会では額、胸、右肩、左肩の順でなされる。十字架のしるしを切ることは、神の恩寵(おんちょう)にあずかる秘蹟(ひせき)(サクラメント)に準ずるものとされている。また、ときには、十字架が悪魔払いに用いられることもある。なお、プロテスタントでは、この十字架のしるしをつくらないし、十字架像を崇拝の対象とすることもしていない。

[鈴木範久]

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改訂新版 世界大百科事典 「十字架」の意味・わかりやすい解説

十字架 (じゅうじか)
Cross

古代地中海世界に見られた磔刑具であるが,とくにイエス・キリストがかけられたものをいう。十字架を重罪人の磔刑具として用いたのはおそらくフェニキア人が最初であろう。それはのちにひろく各民族間にも用いられるようになったが,ローマ人はそのありさまがあまりに残酷なので,奴隷や凶悪犯人のほかは磔刑に処さなかった。キリストもまた大罪人として十字架にかけられた。キリスト教を公認したコンスタンティヌス1世(大帝)は,337年,磔刑を禁止し,そののち十字架はキリスト教世界で人類救済の犠牲祭壇,また死と地獄に対する勝利の象徴となった。また転じては苦難や重荷の別名ともなった。たとえば,文学ではすでに4世紀のノラのパウリヌスや5世紀のセドゥリウスSedulius,のちには7世紀アングロ・サクソンの詩人キャドモンCaedmonや9世紀ドイツの神学者ラバヌス・マウルスが十字架を心から賛美している。

祝別あるいは聖別のために身体の一部や事物の上にほどこす十字架の形の印で,〈父と子と聖霊の御名によりて〉と唱えつつ,カトリック教会では額,胸,左肩,右肩の順に,また東方正教会では額,胸,右肩,左肩の順に十字を切る。
十字架伝説 →十字架の道行 →磔刑
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「十字架」の意味・わかりやすい解説

十字架
じゅうじか
crux; cross

古代世界のあらゆる文化層において,装飾形態あるいは象徴形態などなんらかの印としてしばしば表わされている。なかでもエジプト美術においてはアモン神レーが上部に輪のついた十字架アンクを持つ図で表現されており,その十字架は永遠の生命を象徴するものであり,のちのキリスト教の十字架が意味するものと最も近い例である。東方においては古来,木で組まれた十字架は磔刑の道具であり,キリスト教ではキリストの磔刑を記念し,キリスト自身の印であると同時に信徒の信仰の印でもある。図像としては,(1) ギリシア形 (+) ,(2) ラテン形 (✝) ,(3) T字形,(4) アンデレ形 (×) の4種が基本形で,17~18に及ぶ変形がある。十字は,古代の各地域で太陽,火,生命の象徴として用いられていたが,初期キリスト教では墓標などに (3) がおもに描かれた。4世紀以前は迫害を恐れて暗示的代替物 (いかり,おの,卍など) が用いられ,画像忌避から十字の印を切ることが典礼的に行われた。4世紀,コンスタンチヌス大帝の十字架幻視,キリスト教公認,十字架磔刑廃止などを契機に,十字架は悪魔と死に対するキリストの勝利,信仰のシンボルとして旗,武具,紋章,葬祭具の装飾などに流行,教会建築にも十字架形が現れてきた。十字架像も5世紀頃盛んになり,その上のキリストの姿は東方形では袖なしの長衣を着,西方形では腰布だけの裸像が普通で,以後芸術的主題ともなっている。キリストの十字架発見 (320頃) は十字架崇敬を促進し,335年から9月 14日が聖十字架称賛の祝日となった。十字軍はこの聖十字架奪回をも目指すものであった。キリストの十字架は聖遺物として崇敬され,一般に十字架の印,ロザリオなどでは準秘跡として重視される。各教会堂では,十字架は献堂式,降福式,聖体行列に用いられ,またイエスの苦難を忍ぶ信心業として,イエスの裁判から埋葬までの 14場面をたどる十字架の道 (行) が行われる。プロテスタントでは一部宗派を除き,十字架は崇敬の具体的対象としては用いないが,キリスト信徒の印としては使用する。

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百科事典マイペディア 「十字架」の意味・わかりやすい解説

十字架【じゅうじか】

古代地中海世界の磔刑(たっけい)具。古くから諸民族に種々の形で存在し,十字架刑は最も残酷な重刑の一つであった。イエス・キリストの磔刑後キリスト教のシンボルとなり,人類救済の犠牲の祭壇,苦難また死と地獄に対する勝利を象徴する。カトリック教会では,コンスタンティヌス1世の母ヘレナの聖十字架発見(4世紀初め)の故事にちなみ5月3日を祝日としている。またカトリック信徒が聖別,祝別のために,手で額,胸,左肩,右肩の順に十字の形を描くが,これを〈十字架の印〉という。なお,イエスのゴルゴタの丘までの歩みを〈十字架の道行〉といい,作例の多い画題。
→関連項目十字

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山川 世界史小辞典 改訂新版 「十字架」の解説

十字架(じゅうじか)
crux[ラテン],cross[英]

ペルシアからローマに伝えられた処刑具。ローマでは下層民,奴隷の処刑に用いられた。イエスが十字架で処刑されたために初期キリスト教徒の間で,信仰と救いのしるしとして,絵や飾り,手で切るしぐさなどで用いられるようになった。T字型,ラテン十字(),ギリシア十字()などの種類も生まれた。現代に至るまで,キリスト教と教会の象徴として普遍的なしるし。

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デジタル大辞泉プラス 「十字架」の解説

十字架

①重松清の小説。自殺した中学生の遺族や同級生たちの20年におよぶ苦悩を描く。2010年、第44回吉川英治文学賞受賞。
②2016年公開の日本映画。①を原作とする。監督:五十嵐匠、出演:小出恵介、木村文乃、富田靖子ほか。

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世界大百科事典(旧版)内の十字架の言及

【錨】より

…墓に付された錨の印は,死者が永遠の平和という港へと無事到着したであろうことを示すものであった。その形は,垂直の軸に2本の腕がついた実際の錨(しばしば縄を通すための輪が付く)をかたどったものが多いが,キリスト教の迫害時代には,水平の腕を加えることによって,ひそかに十字架に擬せられ,ときにイルカとともに表された。七つの美徳の一つ〈希望〉の持物でもある。…

【市】より

…市場は町の中央にあり,石で舗装されている場合も多かった。北ドイツの都市の市場にはローラン(ローラント)の像が立っているが,これは都市の特権と自由のしるしであり,市場平和のしるしとしての十字架も同様の意味をもっており,ときには王が市場の自由を承認したしるしとして,この十字架に手袋がかけてあった。カール大帝以来開市権は王の大権(レガーリエン)に数えられ,王の特許状をえてはじめて市の開設が認められたからである。…

【木】より

…このカバラの木は,ルネサンス以降の神秘主義者たちに受け継がれ,超越的源泉からの宇宙の生成の象徴図となった。 このほか,ヨーロッパのメーポールMaypole,ナバホ・インディアンのアシ,日本における神道のサカキも,そこに神性が宿る宇宙軸のシンボルの一種であり,十字架も,このような中心のシンボリズムの発展の一つであるといえよう。
[生命と豊饒のシンボル]
 木はまた地母神のもつ豊饒な生産力の象徴となってきた。…

【キリスト教】より

…しかし,われわれが現在何の抵抗も感じないで使っている言葉のなかには〈世俗化〉されたキリスト教の用語が多くふくまれている。代表的なものとして〈十字架〉〈復活〉〈福音〉〈バイブル(聖書)〉〈三位一体〉〈洗礼〉〈終末〉〈天国〉などを挙げることができよう。これらの言葉がしばしばキリスト教的起源をはっきり意識しないで用いられている事実(たとえば苦痛や犠牲を〈十字架〉,必読書を〈バイブル〉などと比喩的に呼ぶ場合)は,ある意味でキリスト教の土着化のしるしとみなされよう。…

【十字架伝説】より

…キリストがかけられた十字架に関する初期東方伝説。アダムが死んだとき,その子セツSethは神の命により天国の生命の樹から三つの種子を採り,アダムの舌の下に置いた。…

【緑】より

…緑は生命の復活を示す色であり,成長と繁栄の色である。西洋中世の色彩芸術で,十字架につけられたキリストのその十字架がしばしば緑色であるのは,キリストの復活を象徴するものにほかならない。他方悪魔の体や眼を緑彩色することもまれにあり,これは悪魔の象徴とされる蛇が緑色だからだと説明される。…

※「十字架」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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