対人地雷全面禁止条約(読み)たいじんじらいぜんめんきんしじょうやく(その他表記)Convention on the Prohibition of the Use,Stockpiling,Production and Transfer of Anti-Personnel Mines and on Their Destruction

日本大百科全書(ニッポニカ) 「対人地雷全面禁止条約」の意味・わかりやすい解説

対人地雷全面禁止条約
たいじんじらいぜんめんきんしじょうやく
Convention on the Prohibition of the Use,Stockpiling,Production and Transfer of Anti-Personnel Mines and on Their Destruction

対人地雷の使用、開発、生産、貯蔵、保有、移譲を全面的に禁止し、既存の地雷の廃棄と敷設地雷の除去を義務づける条約。1997年12月にカナダのオタワで採択され、1999年3月に発効した。オタワ条約とよぶこともある。本条約は、貯蔵地雷は4年以内に廃棄、敷設地雷は10年以内に除去することを求めており、被害者支援の条項も盛り込んでいる。2025年6月時点で加盟は165か国・地域に達している。日本は1998年(平成10)に加盟。

[足立研幾 2025年11月17日]

本条約成立への道のり

対人地雷は、安価かつ製造が容易で、兵士のかわりに国境や防衛線を「守る」兵器として多くの国で使用されてきた。設置された地雷は、人や車両が接近・接触すると爆発し、対象を殺傷・破壊する。戦争中に使用されるだけでなく、戦闘が終結したあとも地中に残り続け、民間人を含む多くの命を奪う結果となった。とくにアフガニスタンカンボジアアンゴラモザンビークなどの紛争後の社会では、地雷が復興の大きな障害となってきた。こうした背景から、1980年に「特定通常兵器使用禁止制限条約(CCW)」が採択され(1983年発効)、同条約の第二議定書では無差別な使用や、民間人に危害を及ぼす地雷の使用が制限された。しかし、この議定書には国内紛争や地雷の移譲、製造・保有などに関する規制は含まれておらず、国際社会からは「不十分」との声も多かった。

 1990年代に入ると、冷戦が終焉(しゅうえん)したこともあり、対人地雷による民間人被害へと注目が集まるようになった。そうしたなか、1992年、複数のNGO(非政府組織)が連携して「地雷禁止国際キャンペーンICBL)」というネットワークを立ち上げ、国際社会に対して地雷の全面禁止を求める運動を開始した。被害者の証言や実際の映像を通じて、対人地雷の非人道性を世界に訴える活動は大きな反響をよび、一般市民の共感と国際世論の高まりを背景に、対人地雷の規制強化について話し合う政府間交渉が開始された。1995年9月、CCWの再検討を行う会議が開始され、翌1996年5月にCCW改正第二議定書が採択された。改正第二議定書では、国内紛争や内戦も規制対象となり、地雷の使用に加え、移譲にまで踏み込んで規制を強化した。しかし、全面禁止とはほど遠い内容で対人地雷の全面禁止を訴える国々やNGOからは失望の声が相次ぐこととなった。

[足立研幾 2025年11月17日]

本条約の成立

こうした流れのなかで、1996年10月、カナダ政府が中心となって「オタワ・プロセス」とよばれる方式で条約形成交渉をスタートさせた。すべての国の合意を前提とする従来の軍縮交渉とは異なり、オタワ・プロセスは、対人地雷全面禁止に賛同する国のみを交渉の場に招き、迅速に条約をまとめるという手法を採用した。また、NGOにも公式に参加・発言の機会が与えられた点が特徴的である。プロセス開始からわずか1年余りで条約案は完成し、1997年12月には120か国以上が調印するという異例のスピードで条約が成立した。こうした対人地雷禁止に向けた尽力を評価して、同年ICBLにノーベル平和賞が授与された。

 対人地雷全面禁止条約の批准国は1998年9月に40か国に達し、翌1999年3月に条約は発効した。本条約は、対人地雷が引き起こす問題の緩和に大きく貢献している。条約の実施状況に対する監視や評価において、NGOが引き続き中心的な役割を果たしている点もこの条約の特色である。締約国会議に合わせてICBLが発行する『ランドマイン・モニター・レポート』の2024年版によれば、締約国によって廃棄された貯蔵地雷は94か国で5500万個以上に上り、地雷除去も多くの地域で進展した。対人地雷被害者も1990年代に比べると大きく減少した。また、1990年代前半に50か国以上あった地雷製造国も推定6か国へと激減した。

 条約未加盟国に対しても、条約が形成した「対人地雷は非人道的である」という国際規範が一定の行動抑制力を及ぼしてきた。たとえばアメリカロシア、中国といった主要国は条約には加盟していないものの、条約発効以降、いずれも対人地雷輸出の無期限モラトリアム(停止)を宣言している。また、武装勢力などの非国家主体のなかにも対人地雷不使用を宣言するものが現れた。国際規範形成を優先した本条約に対する国際的な支持の広がりが、未加盟国や非国家主体にも影響を与えたのである。このオタワ・プロセスは、のちにクラスター弾禁止条約(2008年採択。正式名称は「クラスター弾に関する条約」)や核兵器禁止条約(2017年採択)など、他の人道的軍縮条約の形成にも影響を与えた。しかし、こうした「規範主導型」の条約交渉が、つねに効果的であるとは限らない。クラスター弾禁止条約や核兵器禁止条約に関しては、締約国と非締約国との対立が先鋭化している面もある。

[足立研幾 2025年11月17日]

本条約の課題と国際社会の動向

対人地雷全面禁止条約もまた課題を抱えている。条約締約国のなかには、地雷除去の義務期限である10年以内に地雷除去を終了することができず、期限延長の申請を繰り返している国もある。その背景には、地雷除去に必要な資金・人材・技術の不足がある。また、条約の検証・監視メカニズムが制度的に弱く、履行状況の正確な把握が困難だという指摘もある。さらに、条約の拘束力そのものが揺らぎつつあるという懸念もある。2023年には、条約の普遍化と履行促進を求める国連総会決議に対し、ロシアが初めて反対票を投じた。ウクライナやミャンマー、ガザ地区(パレスチナ)、パキスタン北部などでは、新たな地雷使用が報告されており、武装勢力などによる使用も目だつようになっている。未加盟国ロシアによるウクライナ侵攻を受けて、2025年6月時点では、ウクライナ、エストニア、ラトビア、リトアニア、ポーランド、フィンランドの6か国が本条約脱退を表明している。このように条約のもとで形成された「対人地雷禁止」という国際規範そのものの弱体化が懸念される状況になっている。

 それでも、同条約がもたらした国際的な意識変化の効果は無視できない。条約成立後、地雷禁止が「常識」となったことで、地雷の新たな使用に対しては国際社会が敏感に反応し、強い非難が表明されるようになった。このような反応の積み重ねが、規範を維持する力となる。今後、条約の実効性を保ち、さらに高めていくためには、加盟国が地雷除去や被害者支援の義務を誠実に果たすとともに、未加盟国に対しても引き続き加盟に向けて粘り強い働きかけを行う必要がある。また、国家、非国家主体を問わず、対人地雷の使用については、国際社会が一貫して非難を続けることで、対人地雷禁止規範を維持・強化することが求められている。

[足立研幾 2025年11月17日]

『赤十字国際委員会著、吹浦忠正監訳、難民を助ける会ボランティア訳『対人地雷 味方か?敵か?』(1997・自由国民社)』『足立研幾著『オタワプロセス――対人地雷禁止レジームの形成』(2004・有信堂高文社)』『日本軍縮学会編『軍縮問題入門』第5版(2025・東信堂)』

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百科事典マイペディア 「対人地雷全面禁止条約」の意味・わかりやすい解説

対人地雷全面禁止条約【たいじんじらいぜんめんきんしじょうやく】

対人地雷の使用・貯蔵・製造・委譲を禁止し,すべての対人地雷を廃棄する条約。締結国がすでに保有する対人地雷も4年以内にすべて廃棄することなどが義務づけられている。1997年9月ノルウェーのオスロ国際会議で発議,同年12月カナダの首都オタワで署名式が行われ,1999年3月に発効した。条約成立に際して各国のNGOの貢献が大きい。加盟国143(2004年8月)。日本は1998年9月に批准,45番目の締結国となった。1999年イギリス国防省は,陸軍の保有する対人地雷をすべて破棄したと発表し,前向きの取り組みを内外に示した。日本の自衛隊は約100万個の地雷を保有しており,2003年3月までに廃棄することが義務づけられていたが,同年2月に廃棄を完了。しかし締結国に駐留する外国の軍隊には適用されないため,在日米軍の対人地雷はそのまま維持されるなど問題点も多い。また2004年現在,アメリカ,ロシア,中国,インド,韓国などは批准しておらず,膨大な撤去費用の負担問題なども未解決のため,非人道的兵器を全世界から全廃するには,まださまざまな障害がある。→火工品信管

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山川 世界史小辞典 改訂新版 「対人地雷全面禁止条約」の解説

対人地雷全面禁止条約(たいじんじらいぜんめんきんしじょうやく)

対人地雷の使用,貯蔵,製造,移転を禁止し,その廃棄を定めた軍縮条約。1996年に国連総会で条約策定を求める決議を採択,97年締結,99年に発効。世界中の民間団体が連合した地雷禁止国際キャンペーン(97年度ノーベル平和賞)の活動が条約成立に大きく貢献した。2003年10月現在,140カ国以上が加盟しているが,アメリカ,ロシア,中国は加盟に至っていない。

出典 山川出版社「山川 世界史小辞典 改訂新版」山川 世界史小辞典 改訂新版について 情報

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