ジャンヌダルク

精選版 日本国語大辞典 「ジャンヌダルク」の意味・読み・例文・類語

ジャンヌ‐ダルク

(Jeanne d'Arc) フランスの国民的英雄。救国的な少女ロレーヌ地方ドンレミ村の農家に生まれた。一三歳の頃聞いた「フランスを救え」との神託を信じて出陣し、オルレアンを解放してシャルル七世を戴冠させ、百年戦争勝利に導いたが、ブルゴーニュ公の軍勢に捕えられてイギリス側に売り渡され、宗教裁判異端を宣告されて、ルーアン火刑に処せられた。一九二〇年、カトリック教会聖女に列せられる。(一四一二頃‐三一

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デジタル大辞泉 「ジャンヌダルク」の意味・読み・例文・類語

ジャンヌ‐ダルク(Jeanne d'Arc)

[1412~1431]フランスの愛国者。ドンレミ村の農家の娘。救国の神託を受けたと信じ、シャルル7世に上申していれられ、イギリス軍を破ってオルレアン包囲を解いた。のち、イギリス軍に捕らえられ、ルーアンで異端として火刑に処せられたが、1920年にローマ教皇庁により聖女に列せられた。オルレアンの乙女

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改訂新版 世界大百科事典 「ジャンヌダルク」の意味・わかりやすい解説

ジャンヌ・ダルク
Jeanne d'Arc
生没年:1411か12-31

フランスの愛国的少女。〈オルレアンの乙女〉と呼ばれる。

 百年戦争も後半に入って,フランス王国は再びイギリス軍の侵攻を迎えた。ブルゴーニュ公家と結託したイギリス王家は北フランスを支配し,正統のフランス王シャルル7世は南フランスに退いて,圧倒的に優勢なイギリス王家の軍事力の前に,自暴自棄と無為の生活を送っていた。そこに神の少女ジャンヌが出現して神意を伝え,シャルルを励まし,兵士たちを勇気づけて,オルレアンを包囲したイギリス軍を撃破した(1429)。ここにシャルル7世の命運開け,これを恨みに思ったイギリス王家はついにジャンヌを捕らえ,形ばかりの裁判にかけて,彼女を魔女として焚殺した。実にジャンヌこそは殉教した救国の女傑である。

 以上が従来の見方である。この見方は,その骨子はすでに15世紀に《シャルル7世伝》を書いたトマ・バザンによって,バロア王家擁護の立場から提示されたものであり,国民国家意識の高揚した19世紀のフランス人がそう見たいと願った聖女ジャンヌ像であった。この見方には最近ようやく批判が寄せられるようになった。ジャンヌ関係の根本史料はルーアンの宗教裁判記録を第一とするが,19世紀中ごろに出版されたその活字本には多大の不備があり,1960年代に入って新しい校訂本の作成が開始された。この一事からも察せられるように,ジャンヌ研究は今ようやく始まったところなのである。

 ロレーヌの生村ドンレミ・ラ・ピュセルを出て,1429年2月初め,王太子シャルルが本陣を置くシノン城市に着くまでの彼女の動静には,不明な点が多い。近在の城市ボークールールの守備隊長ロベールは,パリの王政府からシャンパーニュのショーモン代官職を預かる叔父の代理を務め,ドンレミ村の裁判領主であった。ジャンヌの父ジャコは村の代訴人として彼の法廷に出たこともある。ジャコの娘ジャネット(ジャンヌの愛称)は彼を頼り,神の召命を受けたと主張した。ロベールはその立場にもかかわらず,王太子シャルルに味方している。王太子が事前に彼女に関する情報を得ていたことは確かである。

 オルレアンの戦にジャンヌの果たした役割は何であったか。信仰の熱情と慣行を無視した戦闘指揮。これが兵士たちを刺激しなかったはずはない。彼女の率いる槍小隊は,日が暮れても戦闘をやめず,ついに砦(とりで)を攻め落とした。オルレアンの戦ののち,ジャンヌはランスでのシャルルの戴冠に列席し,次いで北フランスの諸都市を歴訪する〈王の巡行〉に,バロア王家の〈神の証人〉として,華麗な衣装を身にまとって同行した。これが彼女の生涯の華であった。彼女を含む若手の将官団はイギリス軍との対決を主張したが,王太子顧問会議は,ブルゴーニュ公との和議の実現を戦略の要とした。以後,王太子は〈神の証人〉を必要としない。

 翌1430年5月,ジャンヌは北フランスのコンピエーニュ郊外で,ブルゴーニュ方の軍勢に捕らえられた。身代金はイングランド王家が支払い,シャルルは動かなかった。パリ大学神学部はジャンヌに異端の嫌疑をかけ,フランス王国宗教裁判官による宗教裁判を要求し,イングランド王家側もこれに同意し,裁判はノルマンディーのルーアンで,31年2月21日を初日として14回の審問を重ねた。異端嫌疑の根拠は,一信者が聖職者の仲介を経ず直接神的存在に接触したと主張することに求められた。〈地上の教会〉の組織原理が一信者の純な信仰によってためされている。しかし宗教裁判官の審問は,この女の主張が日ごろ目にしていた神的存在の画像に触発された心理的錯覚にもとづくことを立証することに的をしぼっている。もしこれをジャンヌに認めさせれば,彼女の罪は聖像崇敬という〈信仰のまよい〉にほかならず,異端の告発は無効となる。法廷はジャンヌの魂と肉体を救おうと試みたのである。しかし,彼女のあまりにも純な信心がそれを拒んだ。5月28日朝,ジャンヌはルーアンの町の広場で異端と宣告されて俗権の手にゆだねられ,俗権は慣行により異端女を火刑に処した。俗権とは,この場合ルーアン代官のことである。

 このルーアンの審決を,ローマ教皇庁はまだ取り消していない。それでいて教皇庁は1920年,ジャンヌを聖女に列した。かくして今,ジャンヌ・ダルクは異端女にして聖女である。

 なお,ジャンヌを描いた芸術作品も多く,シラー,G.B.ショー,クローデルの戯曲のほか,ベルディ,チャイコフスキーのオペラ,ドライヤーの映画などが有名である。
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世界大百科事典(旧版)内のジャンヌダルクの言及

【オルレアン】より

…カペー朝のもとでは王領地に編入され,3人の王がここで聖別を受けるなど,王国の中心的都市となった。百年戦争中には,イギリスと結んだブルゴーニュ派に対してアルマニャック派に荷担し,イギリス軍による包囲(1428‐29)を受けるが,ジャンヌ・ダルクの活躍で解放された。市の中央のマルトロア広場には彼女の騎馬像があり,現在も5月7,8日にジャンヌ・ダルク祭が行われる。…

【ドンレミ・ラ・ピュセル】より

…フランス東部,ボージュ県の小村。ジャンヌ・ダルクの生まれた村。人口約300。…

※「ジャンヌダルク」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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