音無川(読み)オトナシガワ

デジタル大辞泉 「音無川」の意味・読み・例文・類語

おとなし‐がわ〔‐がは〕【音無川】

和歌山県田辺市本宮ほんぐう本宮熊野本宮大社付近を流れ、熊野川に合流する川。この地一帯を音無の里と呼んだところからこの名がある。[歌枕
「名のみして岩波たかく聞こゆなり―の五月雨の頃」〈続拾遺・夏〉
東京都北区王子付近を流れる石神井しゃくじい川の称。

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精選版 日本国語大辞典 「音無川」の意味・読み・例文・類語

おとなし‐がわ ‥がは【音無川】

[1] 歴史上の著名人物などが、祈願または強請によって、川の音を止めたという伝説。また、その伝承をもつ川。
[2]
[一] 和歌山県東部、熊野川上流部の支流名。熊野本宮大社の付近を音無の里と称したため呼ばれた。熊野大社参詣の最後のみそぎ場。歌枕。
[二] 東京都北区南部、石神井(しゃくじい)川の下流部の呼称。熊野本宮大社を勧請した王子権現の付近を流れるため、熊野川上流部の呼称をあてた。

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日本歴史地名大系 「音無川」の解説

音無川
おとなしがわ

東牟婁郡と西牟婁郡の境にある要害森ようがいもり山北方の三越みこし峠付近に発し、東流して一本松いつぽんまつを経て熊野本宮大社社前で熊野川に注ぐ。熊野街道中辺路は三越峠を下って音無川上流に出、発心門ほつしんもん水呑みずのみ伏拝ふしおがみなどの王子を経て本宮に至る。参詣者はこの川を徒渉して社地に入る「ぬれわらじの入堂」をしたが、熊野本宮に臨む最後の潔斎垢離場としてとくに重要視されていた。

平安中期の僧増基の紀行「いほぬし」には、「おとなし川」に頭の白い烏のいたことが記され、歌を詠んでいる。「平家物語」巻一〇(熊野参詣)は「大悲擁護の霞は熊野山にたなびき、霊験無双の神名はおとなし河に跡をたる」と記す。また説経「小栗判官」では「いかに客僧、此つゑになんぼう由来のましますなり。

音無川
おとなしがわ

江ノ電稲村いなむらさき駅の北、聖福寺しようふくじやつから流れ出、七里しちりヶ浜に注ぐ。全長約九〇〇メートル。江戸後期の極楽寺村絵図(極楽寺蔵)には「音無滝川」とある。「鎌倉志」「風土記稿」によれば源流に音無滝があり、砂山のために常に水声がないために名付けられたといい、川名もこの滝に由来すると思われる。

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世界大百科事典(旧版)内の音無川の言及

【根岸】より

…東京都台東区北部,JR山手線鶯谷(うぐいすだに)駅北東部一帯の地名。上野台の崖下の低湿な土地であったが,上野の山を背景とした音無(おとなし)川の清流や四季の田園風景を求めて,江戸時代後期,とくに文政・天保(1818‐44)ころには多くの文人が居を構え,〈呉竹の根岸の里〉とよばれた。またウグイスが多かったので〈初音の里〉の称もあった。…

※「音無川」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」