顎骨骨折(読み)がくこつこっせつ(英語表記)Fracture of jaws

六訂版 家庭医学大全科 「顎骨骨折」の解説

顎骨骨折
がくこつこっせつ
Fracture of jaws
(口・あごの病気)

どんな外傷か

 眼より下の顔の土台になるのがあごの骨(顎骨)で、ものを噛む時などに動かす下顎(かがく)(下あご)とそれに向かい合う上顎(じょうがく)(上あご)からなっています。上下ともに元々は左右の骨として発生してきますが、下顎では正中で硬く癒合して一体化しています。あごには歯が生えてきて噛み合うようになり、上下の骨の位置関係がきっちりと記録されています。

 あごの骨が砕けたり折れたりするけがが顎骨骨折です(図23)。多くの場合、転んだり、殴られたり、スポーツ事故、自転車・自動車事故などで、あごや顔面を何かに強く打ちつけた時に発生します。高齢者では、何もしなくても顎骨が自然に折れてしまうこともまれにあります。

症状の現れ方

 歯槽(しそう)骨折の場合は、歯を叩くと痛かったり、噛み合わせることができなかったりするので、容易に見つけられます。強い力が加わったあと、口や鼻からの出血があったり、急なはれ、噛み合わせのずれなどが平均的な症状です。症状は必ずしも力が加わった部分にとどまらず、下顎ではあごを動かした時の痛み、上顎ではものが二重に見えるなどの症状が主になることもあります。

 受傷後すぐにははっきりした症状に気づかず、数日してから噛み合わせがずれていることで気づくこともあります。この場合は、口のなかから直接見えない下顎角部(エラの部分)や顎関節部(耳の前)の骨折が考えられます。

検査と診断

 受傷の直後では、まず出血や呼吸の様子を観察したうえで、あごのけがそのものの診察・検査に進みます。視診触診などで骨折の有無と場所の見当はつきますが、より詳細な判断にはX線検査が必要です。最近ではCTにより、かなり詳細に診断できるようになり、臨床的な所見と併せて程度を判断します。

 上顎では、鼻の下の線で水平に折れる1型、鼻の付け根から上顎大臼歯と頬骨(きょうこつ)の間にかけてななめに折れる2型、眼の位置で水平に折れてしまう3型に分ける、ルフォー分類がよく使われます。

 下顎では、過度な力が集中しやすいあごの正中部、下顎角部、顎関節部がよく骨折します。

治療の方法

 折れる場所によって治療の方法は大幅に変わります。おおまかには、急性重度のものでは、呼吸障害や出血による生命危機を回避し、さらにその後も、咬合咀嚼(こうごうそしゃく)障害など、あごや顔面の機能障害や傷を最小限に抑えるよう、できるだけ早い時期に根本的な整復固定手術を行います。

 それ以外のものでも、骨折部位のずれの程度が大きければ手術療法が、小さければ噛み合わせの確保(上下のあごを縛り合わせる「顎間固定」)が基本です。以前は顎間固定が第一選択でしたが、最近ではできるだけ正確に骨をつなぎ合わせ、できるだけ早く正常の生活にもどれるような治療法がとられるようになりました。

 より小範囲である歯槽骨折(歯が並んでいる歯ぐき下地の部分)であれば、その場所の骨(と歯)を元の位置にもどし、歯と金属線を使って固定します。あとから歯の神経処置が必要になることもあります。

下郷 和雄


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改訂新版 世界大百科事典 「顎骨骨折」の意味・わかりやすい解説

顎骨骨折 (がくこつこっせつ)
fracture of the jaw

あごの骨が骨折,離断すること。歯槽突起が多く,上顎より下顎が3倍ほど多い。原因はさまざまであるが,交通事故によるものが最も多く,次いで作業事故,転倒,転落,衝突,けんか,スポーツ事故による打撲,殴打などとなる(これらを外傷性骨折という)。病的原因によるもの(病的骨折)としては,腫瘍,囊胞,骨髄炎があり,まれに抜歯時にも起こる。女性よりも男性に多くみられ,20~30歳代に多い。また日本では10歳以下の小児が諸外国に比べて多いのが特徴である。

 骨折に伴う病状には,全身症状として,意識喪失,呼吸困難,ショック,発熱などがあり,頭部損傷を合併することもある。局所症状としては,顔面の腫張,皮下出血,骨折部の疼痛などがあり,動かすと軋轢(あつれき)音,摩擦音がある。疼痛は初めは強く,とくに動かすと激痛があるが,後には圧痛のみとなり,この圧痛をマルゲーヌ骨折痛という。口腔内では,歯肉の腫張やときに出血,裂創があり,歯槽骨の骨折断端が露出したり,歯の位置異常がみられることもある。口の運動障害や咀嚼(そしやく),嚥下,発音の障害を伴う。

 顎骨骨折には次のような種類がある。

(1)歯槽突起骨折 前歯部に多く,下顎より上顎に多い。共通症状のほか,1本の歯を動かすと数歯が動くのが特徴である。

(2)上顎骨骨体骨折 目,鼻,頭蓋底などの隣接領域の損傷を伴いやすく,重症なことが多い。横骨折(水平骨折),ル・フォールII型,III型,縦骨折,眼窩(がんか)床骨折(吹抜け骨折blow out fracture。眼窩内容に外力が加わって,眼窩,上顎洞が交通する)などの種類がある。鼻血や,大口蓋動脈の損傷などによって出血することも多い。また鼻中隔と中鼻甲介付着部の間の篩板(しばん)が損傷されると脳脊髄液の漏出も起こる。

(3)下顎骨折 オトガイ部,犬歯部,オトガイ孔部,顎角部,下顎頸部によくみられる。筋肉や靱帯(じんたい)の不均衡な作用によって変形することも多い。

 顎骨骨折は細菌感染によって化膿性骨髄炎を合併することがある。開放性骨折で骨折部が汚染したときなどに起こる。このほか,偽関節の形成や異常癒合などが起こることもある。

 治療は,呼吸困難やショックなど全身的な症状があるときは,それらの処置や合併損傷の処置を行う。局所療法としては,保存不可能な歯や治癒の妨げとなる歯は抜歯し,骨折部の整復,固定を行い,軟組織や皮膚の縫合や止血を行う。固定期間は約6週間を要し,固定装置除去後は顎運動の訓練が行われる。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「顎骨骨折」の意味・わかりやすい解説

顎骨骨折
がくこつこっせつ

顎骨がなんらかの原因で離断された状態をいう。骨折の部位により上顎骨骨折、下顎骨骨折、歯槽(しそう)突起(歯根部を固定している骨質で、いわゆる歯槽骨)骨折などに分けられる。発生頻度は、上顎骨より下顎骨が、また上・下顎を通じては歯槽骨がもっとも高い。原因により外傷性骨折と病的骨折に分けられる。前者は交通事故によるものが多く、ついでスポーツ、作業事故、殴打、転落、転倒等による。後者は広範囲の骨髄(こつずい)炎、腫瘍(しゅよう)、嚢胞(のうほう)、放射線障害、全身性疾患等による。顎骨骨折は青壮年男子に圧倒的に多くみられ、年齢別では20~40歳代が大部分を占める。なお小児では4~7歳と12~13歳に多い。下顎骨骨折を生じると、骨折部位に応じてあごの一定の偏位がおこる。骨折部付近には疼痛(とうつう)、腫脹(しゅちょう)、出血、歯肉・口腔(こうくう)粘膜の損傷、歯折、歯の脱臼(だっきゅう)等がみられることが多い。骨折の状態により上・下顎の咬合(こうごう)(かみ合せ)異常、顔貌(がんぼう)の変形、骨折片の触れ合う軋轢(あつれき)音、開口障害、そしゃく障害等を生じる。上顎骨骨折においては、上記の症状のほかに、目の周囲に眼鏡様皮下出血、鼻・目・耳の出血等を伴うことが多い。頭蓋(とうがい)骨や頭蓋底の骨折が合併すると、脳しんとうや脳挫傷(ざしょう)を生じ一般に重篤な症状を呈する。顎骨骨折の診断には、X線写真が重要な役割をもつ。全身状態に注意して止血やショックに対する処置を施し、呼吸困難なときには気道確保が行われる。抗生物質、サルファ剤等により感染を防ぎ、栄養補給を行いながら局所ならびに全身の安静を保つ。局所に対しては、消毒、小骨片や各種異物の除去、骨癒着の障害となる歯の抜歯、軟組織損傷に対する縫合等の処置を行う。

 顎骨骨折治療においては、顔貌・あごの形態の整復はもちろん、正常な咬合の回復もたいせつである。受傷後2週間以内では手術によらない整復を行い、受傷後1か月以上を経て、骨が偏位したまま癒着している場合には、手術をして整復を行う。とくに脳損傷あるいは身体の他の部位の合併症がある場合には、顎骨骨折が放置されてしまう例がみられる。いずれにしても、整復にあたっては、ただちに固定を行う。固定法には顎内固定法、顎外固定法、顎内外固定法があり、通常4~6週間で臨床的に骨性癒合を認める。なお、小児の場合は、骨新生が旺盛(おうせい)なので3~4週間の固定期間で治癒することが多い。

[矢﨑正之]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「顎骨骨折」の意味・わかりやすい解説

顎骨骨折
がくこつこっせつ
fracture of the jaw

骨折部位により上顎骨骨折,下顎骨骨折,歯槽骨骨折がある。原因は交通事故,転倒,作業事故,スポーツ事故,けんかなどの外傷によることが多いが,骨髄炎や腫瘍などの疾患が存在するために起る病的骨折もある。皮膚,粘膜,歯肉の損傷や,歯の脱臼や歯折を伴う。骨折片がずれるために,顔に変形を生じ,噛み合せが異常となり,談話も不自由になる。治療は,骨のずれを正しい咬合状態を目安として整復し,ただちに固定して骨の癒合を待つが,およそ6~10週を要する。

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