国連経済社会理事会の下部機構の一つとして、1947年3月28日、第4回国連経済社会理事会決議37により設立された地域委員会。略称、ESCAP(エスカップ)。当初はアジア極東経済委員会Economic Commission for Asia and the Far East(ECAFE(エカフェ))とよばれていたが、アジア以外のサモア、トンガ、ナウル、パプア・ニューギニア、フィジーなどの太平洋諸国および地域の加盟が増加してきたこと、アジア太平洋地域において経済開発と並んで社会開発、社会福祉の重要性が増大し、委員会においてもこれらの事態を認識して機構名に反映させる必要性が生じてきたことなどの理由により、1974年9月12日から現在の名称に改称された。ESCAPは、設立当時は第二次世界大戦後のアジアの復興を図ることを目的としていたが、その後はアジア太平洋地域の経済協力、社会開発のための協力機関として、種々の地域協力プロジェクトや開発スキーム(計画)を立案、実施している。
2017年時点の加盟国は域内国49、域外国4(アメリカ、イギリス、フランス、オランダ)の53か国で、そのほか香港(ホンコン)、グアムなど9地域が準加盟メンバーとなっている。日本は1952年(昭和27)に準加盟し、1954年に正式加盟が認められた。
ESCAPの組織は、総会、テーマ別委員会、その他の委員会、特別部会、常駐代表諮問委員会、事務局より構成されている。総会は機構の最高意思決定機関で毎年1回開催される。事務局は国連事務局の一部を構成し、国連事務局長によって任命された、600名以上の職員を有している(2017年時点)。本部は、設立当初は上海(シャンハイ)に置かれていたが、1948年に移転して以来、タイのバンコクにある。
ESCAPは、これまで域内経済開発のための措置の発議・参加、調査研究の実施、経済開発に関する情報の収集・整理・配布、計画立案のための助言・勧告などを通じて、アジア太平洋地域における開発センターとしての役割を果たしてきた。東西対立、中ソ対立、ベトナム戦争などアジアを取り巻く厳しい情勢のなかにあって、中立的立場を堅持しながら、域内の経済開発、社会開発、資源エネルギー開発、一次産品などの諸問題をコンセンサス方式によって着実に解決してきた実績は高く評価することができよう。
[横川 新]
『榎本喜三郎著『ESCAPの窓から――発展途上20余か国の生態』(1982・成山堂書店)』▽『日本エスカップ協会編・刊『国連ESCAPと日本エスカップ協会』(1990)』
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