日本大百科全書(ニッポニカ) 「アメニティ」の意味・わかりやすい解説
アメニティ
あめにてぃ
amenity
一般的には「快適さ」、「美しさ」、「上品さ」、「喜ばしさ」などを意味するが、実体的にはイギリスの都市・農村計画の生成と発展に伴い、その基本内容を体現する概念の一つとして歴史的に成熟してきたことばである。
アメニティは、三つの異なった系譜と相をもっている。第一は、産業革命時の工業都市に集中的に発生した公害、伝染病、過密居住など各種の環境衛生問題に対する労働者階級や社会改良主義者の運動、およびその過程で成立してきた公衆衛生法や住居法に連なる系譜である。大気と水の汚染、騒音と振動、採光や下排水の不良、過密居住など都市環境と居住環境の非衛生きわまりない状態が、労働者階級や住民の健康と生命を損ない、生存の危機をもたらすなかで、人間が生存していくための基本的条件であり、かつ最低基準の体系として成立してきたのが、この第一の相である。
第二は、貴重な歴史建造物や卓越した自然景観、オープンスペースなどに対する中産階級の保存運動、およびその保存立法に連なる系譜である。急激で無秩序な工業化と都市化に伴う広範な環境破壊は、その一方で、歴史的に価値あるもの、優れた自然美などへの限りない憧憬(しょうけい)を呼び起こし、それらの保全は富裕層や中産階級の強い要求と関心事となった。この第二の相への取組みは芸術家、建築家、歴史学者などが先頭にたち、アメニティは卓越した価値をもつ歴史的環境や自然環境の代名詞となり、保存理念となった。
第三は、ユートピア主義者の理想都市建設運動に始まり、田園都市、ニュータウン建設運動に受け継がれ、そして中産階級の郊外住宅地や労働者階級の市街地での住環境整備、コミュニティづくり運動、およびその関連立法に連なる系譜である。この第三の相は、ちょうど第一と第二の相を媒介しかつ結合する位置にあり、田園都市のイメージに代表される豊かな緑と太陽、整った公共施設とオープンスペース、瀟洒(しょうしゃ)な住宅など、高度の質をもつ快適で美しい生活環境を意味することばとして形成された。
このようにアメニティは、イギリスにおいて公衆衛生上のシビル・ミニマム、歴史・自然環境の保存理念、コミュニティづくりにおける環境の質を表す複合概念として成熟してきたが、今日の日本でも、「健康で文化的な生活環境」すなわち良好な「人間居住環境の質」をひとことで体現することばとして、しだいに多くの地域で浸透しつつあり、「住みよいまちづくり」の目標として定着しつつある。
地方自治体においてもアメニティの創造を意識した取組みが進められており、良好な景観を形成するための条例づくりが広がっている。国においては2004年(平成16)に「美しいまちづくり」を進めるための景観法(平成16年法律第110号)が制定され、その基本理念として、良好な景観は、(1)美しく風格のある国土形成と潤いのある豊かな生活環境の創造にとって不可欠であること、(2)地域の自然、歴史、文化などと人々の生活や経済活動との調和により形成されるべきこと、(3)地域固有の特性と密接な関連をもつことから、地域住民の意向を踏まえた多様な形成が図られるべきこと、(4)観光や地域間の交流促進に大きな役割を担うことから、地方自治体は地域活性化のために事業者および住民と一体的に取り組むべきこと、(5)現にある良好な景観を保全するのみならず、新たに良好な景観を創出することに努めるべきこと、があげられている。アメニティはいまや単なる環境概念の域を脱して「美しいまちづくり」の実践的指針として発展しつつある。
[広原盛明 2024年2月16日]
『デイヴィッド・L・スミス著、川向正人訳『アメニティと都市計画』(1977・鹿島出版会)』▽『西村幸夫著『環境保全と景観創造』(1997・鹿島出版会)』▽『環境経済・政策学会編『アメニティと歴史・自然遺産』(2000・東洋経済新報社)』▽『景観法制研究会編『概説景観法』(2004・ぎょうせい)』▽『美しい景観を創る会編著『美しい日本を創る』(2006・彰国社)』▽『布野修司著『景観の作法』(2015・京都大学学術出版会)』