改訂新版 世界大百科事典 「アルキロコス」の意味・わかりやすい解説
アルキロコス
Archilochos
前8世紀後半~前7世紀前半のギリシアの抒情詩人。生没年不詳。パピルス中に発見されたものを含めて,酒,恋,戦いなどを主題とする数多くの詩の断片が伝わり,イアンボス調の詩の完成者として知られる。エレゲイア調の詩では叙事詩言語も使うが,主としてイオニア方言を用いる。その他の詩形も用い,エポドスという形式では風刺的動物寓話も作った。彼は古代ギリシアではホメロスに対抗しうる詩人という高い評価を受け,事実,ローマの大詩人ホラティウスにも大きな影響を与えた。個人的感情,体験を文学に導入したヨーロッパ文学史上最初の人とも言われる。この詩人はパロス島で貴族テレシクレスと女奴隷エニペの間に私生児として生まれた。皮肉で激しい気性をもち,周囲との不和が絶えなかったという。前5世紀前半ころ活躍した詩人ピンダロスは,彼には敵が多くその生涯は不幸であったと伝えている。ネオブレという娘に恋をしたが,その父リュカンベスに拒否された。失意と極貧のうちに植民団に加わってタソス島へ渡った。ここで傭兵となり,以後剣一振りに身を託して放浪の日々を送った。そして戦場に倒れた。活発な植民活動と文化勃興の時代に生きたこの詩人は,実人生の上でも文学の上でも,つねに既成の伝統,因習に対する反抗者であった。恋人ネオブレについては,以後の古代文学史上のどこにも見られないほどの優しい詩を残している。しかし,恋は男の理性を奪い破滅に導く病であるという考えが,その他の詩の中に一貫して流れている。これは古代末期に至るまで詩の主要なテーマの一つとなった。貧困と不和の中にあって,ペンにおいても剣においても戦いが彼の精神の核になっているにもかかわらず,彼の詩は,喜びは生の中にのみある,という思想で貫かれている。なお彼が詩の中で前648年4月6日の日食を目撃したと述べていることも有名である。
執筆者:高橋 通男
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報