ホラティウス(読み)ほらてぃうす(英語表記)Quintus Horatius Flaccus

日本大百科全書(ニッポニカ) 「ホラティウス」の意味・わかりやすい解説

ホラティウス
ほらてぃうす
Quintus Horatius Flaccus
(前65―前8)

古代ローマ詩人。南イタリアのウェヌシアに解放奴隷の子として生まれる。ローマで中等教育を受けてからアテネに渡り、アカデメイアの学園に学んだ。おりからカエサル暗殺後の内乱ギリシアに波及すると、共和政派ブルートゥスの陣営に加わり、軍団司令官の一人としてフィリッポイの野に戦い、アントニウスの軍に敗れた。恩赦を受けてローマに帰ったが、財産を没収され、下級官吏の職を手に入れて生計をたてるかたわら詩作を始め、ウェルギリウス、ワリウスらと親交を結び、彼らの推薦で文人保護者マエケナスの知遇を得た。長い内乱と国民の道徳的退廃を嘆き、政治に絶望していたが、しだいにオクタウィアヌス(後のアウグストゥス帝)の政策に共鳴し、アクティウムの海戦(前31)のころから新体制をたたえ、国民に道徳的覚醒(かくせい)を説くようになった。紀元前17年にアウグストゥスが挙行した「世紀の祭典」には桂冠(けいかん)詩人に選ばれ、合唱歌『世紀祭の歌』の作者となった。皇帝から宮廷秘書に推されたが辞退したと伝えられ、詩人の自由を生涯守り通した。

 作品には、アルキロコスの精神をラテン語に生かした反抗と批判の詩集『エポーディー』(詩形の名)と、ルキリウスの伝統を継承する軽妙な『風刺詩』二巻がある。批判の矢は社会の類型を的に文明批評的展開を示し、同時にエピクロス的賢者の知恵による充足者の幸福を説く。アルカイオスをはじめギリシアの叙情詩人たちに範をとる『歌章』四巻が代表作。最高の技巧と精選されたことばによって、神々、アウグストゥス、友人たち、酒、女、田園、人生の移ろいやすさ、死、ローマの平和、ローマ精神など多彩なテーマを歌っている。『書簡詩』二巻は人生哲学や文学の問題を風刺詩に近い手法で扱った随想詩。近世まで作詩法の聖典とされた『詩論』も、独立した一編の書簡詩である。

 彼の作品は深い倫理性と格調の高さと完全な技巧のゆえに、中世、近世を通じて読まれ、広く西欧文学に影響を与えた。今日もっとも議論されるのは、体制を賛美する詩における詩人の誠実さの問題と、それらの詩とエピクロス的隠棲(いんせい)を理想とする個人的内容の詩との調和の問題であろう。

[中山恒夫]

『中山恒夫著『詩人ホラーティウスとローマの民衆』(1976・内田老鶴圃新社)』『藤井昇訳『歌章』(1973・現代思潮社)』

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

今日のキーワード

マイナ保険証

マイナンバーカードを健康保険証として利用できるようにしたもの。マイナポータルなどで利用登録が必要。令和3年(2021)10月から本格運用開始。マイナンバー保険証。マイナンバーカード健康保険証。...

マイナ保険証の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android