日本大百科全書(ニッポニカ) 「アーコサンティ」の意味・わかりやすい解説
アーコサンティ
あーこさんてぃ
Arcosanti
イタリア、トリノ生まれのアメリカの建築家パオロ・ソレリPaolo Soleri(1919―2013)によって提唱されたアーコロジーArcology(アーキテクチャーArchitectureとエコロジーEcologyの合成語)に基づく大規模な自律型人工都市計画。アメリカ、アリゾナ州のフェニックス市から北に70キロメートルほどのところに位置するコサンティCosantiで行われている。アーコサンティの名称はアーコロジーとコサンティの合成語である。
パオロ・ソレリは、1946年トリノ工科大学で建築学博士号取得。1947年にアメリカに渡りフランク・ロイド・ライトに師事。ライトによる実験的居住地、アリゾナ州のタリアセン・ウェストおよびウィスコンシン州のタリアセン・イーストで活動する。1950年に窯業施設設立のためイタリアに帰国し、窯業やブロンズ生産のノウハウを修得する。1956年、ふたたび渡米しアリゾナの砂漠、スコッツデールに土地を購入し拠点を形成、非営利のアーコサンティ財団を設立する。その後1970年にアーコサンティ構築を開始する。
アーコサンティでは都市や建築の建設と並行してアーコロジーの思想に基づく都市や建築、環境教育、パフォーミング・アーツの公演やワークショップを行っている。なかでも建築のワークショップはさまざまなプログラムが用意されており、アメリカだけでなく世界中から参加者を集めている。その参加者の多数は引き続きここに住み、都市建設のための計画、CADの指導、料理、大工仕事、金属工芸、陶芸、園芸をはじめあらゆる活動を行い、建設資金捻出のために、ソレリの名を冠した風鈴(Soleri Windbell)を売る。
アーコロジーの実践であるアーコサンティは「明日の都市」のプロトタイプを示している。自然のランドスケープを切り開いてまき散らされる無秩序な都市化、スプロール化は資源のむだ遣い、自動車への多大な依存と過度な人口集中を招いた。アーコロジーはそのような20世紀型都市への批判であり、アーコサンティは人間を中心として構想しており、容器としての建築群で構成され、人間が歩いて移動できる規模に統合されている。
都市建設の基本図面は1972年にソレリによって描かれた30枚の図面である。建設は続行中であり、いまだに構想のわずか数パーセント程度しか完成していない。当初、人口1500人、最終的には高さ500メートルとなる都市として構想され、1972年に現在の規模に変更された。最終的には人口7000人となるが、全体で4060エーカー(約16平方キロメートル)の敷地のうち建築物は25エーカー(約0.1平方キロメートル)、残りは自然のランドスケープが残される。
建設された建築物は、集合住宅、オフィス、工場や工房、そしてグリーンハウス(温室で、冬期は暖房の熱源)などで、オープンスペースでは頻繁に教育文化イベントが開催されている。
[鈴木 明]
『パオロ・ソレリ著、工藤国雄訳『生態建築論――物質と精神の掛け橋』(1977・彰国社)』