シチリアのノルマン王国のアラブ人地理学者。セウタに生まれ,コルドバで学ぶ。スペインと北アフリカの各地を旅した後,ノルマン王国国王ルッジェーロ2世に招かれてパレルモの王宮に居を定める。その後,1165年に他界するまでルッジェーロ2世,グッリエルモ1世の2人の王に仕え,当時のノルマン宮廷のアラブ・イスラム文化を代表する学者となった。その地理書《世界横断を望む者の慰みの書》(1154)は,ルッジェーロ2世の命により作成されたもので,イドリーシーが作成した世界地図の解説部分にあたる。《ルッジェーロの書Kitāb al-Rujar》とも呼ばれている。その序文には,王がこの地図作成のために各地に人を派遣して情報や資料の収集にあたらせたことが記されている。この地理書の短縮版が1592年にローマで出版され,そのラテン語訳が1619年にパリで出版されたが,これらは,その後の西ヨーロッパの学問に大きな影響を与えた。
執筆者:高山 博
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
イスラムの地理学者。モロッコのセウタに生まれる。スペインのコルドバで学び、小アジア、アフリカ、スペイン、フランスを旅行した。シチリア島のノルマン王ルッジェーロ(ロジェール)2世に招かれ、首都パレルモで平面天体図、世界地図をつくり、その解説書『世界踏破の愉悦』を著した。のちさらに大部な地理書『有衆の庭』を著し、グリエルモ1世Guglielmo Ⅰ(1120―1166)に献じたが、散逸して現存しない。国際的な学術都市パレルモにおいて西欧キリスト教国に関する豊富な知識を入手し、遠くスカンジナビア、大西洋島嶼(とうしょ)に至るまでの正確な知識を加筆している。その世界地図は完備をもって知られる。
[佐藤圭四郎]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
1100?~65/66
アラブの地理学者。モロッコの生まれ。シチリアのルッジェーロ2世に招かれ,世界地図や地理書『ルッジェーロの書』を著した。これらはイスラーム地理学最高の業績である。
出典 山川出版社「山川 世界史小辞典 改訂新版」山川 世界史小辞典 改訂新版について 情報
出典 旺文社世界史事典 三訂版旺文社世界史事典 三訂版について 情報
…バグダードで活躍した数学者・天文学者フワーリズミーの経緯度集《大地の形態》(830ころ)によると,アフリカとアジア東南部との連続否定をはじめ,プトレマイオス数値の修正がなされている。イスラム地図学の完成期を代表する学者は,シチリアのノルマン宮廷に仕えていたイドリーシーで,その世界図はカスピ海,アラビア半島の形状においてプトレマイオスをはるかに凌いでいる。しかしなぜかインド半島の欠如は修正されていない。…
※「イドリーシー」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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